なぜ飛行機は怖いのか? スティーヴン・キングほか、古今の作家が手がけた“飛行機もの”ホラー&サスペンスのアンソロジー!

文芸・カルチャー

2019/10/19

『死んだら飛べる』(スティーヴン・キング、ベン・ヴィンセント:編、白石朗、中村融、他:訳/竹書房)

 旅先での読書は楽しいもの。しかし飛行機に乗りながらこの本を読むのは、あまりおすすめしない。『死んだら飛べる』(スティーヴン・キング、ベン・ヴィンセント:編、白石朗、中村融、他:訳/竹書房)は、飛行機を扱ったホラー&サスペンスを収めたアンソロジーだ。編者の一人を務めるホラーの帝王スティーヴン・キングの作品をはじめ、本邦初訳10作を含む、全17作を収録している。

 いくつか収録作を紹介してみよう。E・マイクル・ルイス「貨物」は、アメリカ空軍の二等軍曹デイヴィスが主人公。負傷者の輸送を命じられ、南米ガイアナに飛んだデイヴィスだったが、そこで目にしたのは想像を絶する光景だった……。1978年にガイアナで実際に起こった集団自殺事件(人民寺院事件)をモチーフにした作品。900人以上の死者を出した惨事の直後、デイヴィスが遭遇した怪異とは? アンソロジーの巻頭を飾るにふさわしい、ショッキングにして哀切極まる飛行機怪談の名品である。

 続くアーサー・コナン・ドイル「大空の恐怖」、リチャード・マシスン「高度二万フィートの恐怖」の2作は、怪奇幻想ファンにはおなじみの飛行機ホラーのクラシック。前者はシャーロック・ホームズの生みの親が、大空に潜む透明なモンスターの脅威を描いた短編。後者は映画『アイ・アム・レジェンド』の原作者が1961年に発表した作品で、飛行機の窓の外に信じがたいものが現れる。

 他にも、アンブローズ・ビアス「飛行機械」、レイ・ブラッドベリ「空飛ぶ機械」、ロアルド・ダール「彼らは歳を取るまい」など、英米文学史上のビッグネームによる“飛行機もの”をまとめてフォローできるのが本書の特色のひとつだろう。

 一方で、21世紀ならではの恐怖や不安を扱った、モダンホラーやサスペンスも多数掲載している。たとえばトム・ビッセル「第五のカテゴリー」と、ジョー・ヒル「解放」はその代表的なもの。現代ホラーの旗手として活躍するヒルが本書のために書き下ろした「解放」は、緊張感を増してゆく昨今の国際情勢を背景に、大規模戦争の悪夢を扱った力作。ホラーとはまた違った意味で、読者の背筋を凍らせることだろう。

 大空の旅には墜落の可能性がつきもの。ダン・シモンズの小品「二分四十五秒」や、ジェイムズ・ディッキーの詩「落ちてゆく」は、そんな墜落の恐怖を正面から取りあげている。この系統で個人的に心惹かれたのは、E・C・タブの「ルシファー!」。57秒だけ時間を戻すことができる指環型タイムマシンを手に入れた主人公は、その能力をフル活用してギャンブルで大勝ちし、美しい恋人の心も射止める。しかし飛行機に乗った彼を最悪の事態が襲って……。悲劇的な結末にニヤッとさせられるアイデアストーリー。こうしてお気に入りの作品に出会うのも、アンソロジーを読む楽しみである。

 映画『IT』の原作者としてあらためて若い世代にも注目されるスティーヴン・キングの新作「乱気流エキスパート」は、旅客機のある座席に搭乗することで、高額の報酬を得ている男の物語。上空で飛行機が大きく揺れた際、誰もが思い浮かべてしまうあの最悪のイメージを、巧みにアイデアに用いた作品だ。ちなみにキングはこの作品に加え、読み応えのある序文と、全収録作の紹介文も執筆。もちろんこの本でしか読めない文章なので、キングの書評やエッセイが好きな人(かく言う私もその一人だが)は要注目である。

 本書の序文で、キングは空の旅についてこう述べている。「ここにはすべてがそろっている――閉所恐怖症、高所恐怖症、そして自由意志の剥奪」。どうやら飛行機はホラーやサスペンスと切っても切れない間柄にあるらしい。王道のゾンビもの(ベヴ・ヴィンセント「機上のゾンビ」)から、密室殺人を扱った本格ミステリー(ピーター・トレメイン「プライベートな殺人」)まで、バラエティ豊かに取り揃えた本書を通読すれば、空飛ぶ「金属とプラスティックのチューブ」が古今の作家にどれだけ豊かなイマジネーションを与えてきたか、よく分かることだろう。

 さて、旅の準備はできただろうか? それではページをめくり、恐怖でいっぱいの空の旅へ出発!

文=朝宮運河