『越境』の読後感が生温いわけは?――「台湾で生まれて日本で育った一個人」の世界と自分の境界を巡る旅

文芸・カルチャー

2019/10/18

『越境』(東山彰良/発行=ホーム社・発売=集英社)

 タイトルにもある「越境」とは?

「境界線を越える」という意味だろう。それは国境にかぎった話ではない。わたしたちのまわりには、いくつももの境界線がある。初めて小説を書いたとき、わたしはそんな境界線のひとつを踏み越えた。(あとがきより)

 著者・東山彰良さんは1968年生まれ。台湾台北出身。5歳から日本と台湾を行き来するまで台湾で育った。10歳からは日本で育っている。中国の大学院博士課程に籍を置きつつアルバイト生活を送るなか小説を書きはじめ、2002年『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で「このミステリーがすごい!」大賞の銀賞・読者賞を受賞。2009年『路傍』で大藪春彦賞、2015年『流』で直木賞を受賞。直木賞受賞時は、話題となった芸人・又吉直樹の芥川賞受賞と同時期だったため印象に残っている人も多いかもしれない。「あ~、そういえば」という感じである。ほかにも『僕が殺した人と僕を殺した人』で2017年織田作之助賞、2018年読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞。精力的な活動が光っている作家のひとりである。

 台湾のエスニックグループはざっくりと本省人と外省人に大別できるそうだ。本省人とは19世紀ころから台湾に暮らしていた人たちで、外省人とは国共内戦にやぶれた蒋介石が台湾に引きあげてきた軍人とその眷属だ。大まかに言って本省人は親日的で、外省人はそうではない。本省人たちは敗戦によって台湾に渡ってきた外省人たちの傍若無人ぶりに辟易し、それまでの日本統治時代を懐かしむ傾向にあるという。

 東山さんは「外省人」にあたる。日本にいては「やーい、台湾人!」とはやしたてられ、台湾にいては「日本人!」と石を投げつけられる。「自分は、台湾人なのか? 日本人なのか? はたまた中国人なのか?」――「自分は何なのか」――自らの「アイデンティティ」に悩んできた。

「平成」となった日、東山さんは大学2年生だった。その年の6月には天安門事件がおり、11月にはベルリンの壁が崩壊した。大学を卒業し、就職した年の12月にソビエト連邦来永劫続くと思われた価値観が一気に崩れ去る現場をみてきた。

 本書は2016年4月から2019年6月まで「西日本新聞」に連載された「東山彰良のぶれぶれ草」、および2016年7月から12月まで「日本経済新聞」(夕刊)に連載されたエッセイ「プロムナード」を中心に編まれている。

 巻末には日本語で小説を書くアメリカ人・リービ英雄氏との対談がある。リービ英雄氏は1950年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。幼いころ台湾に住んでいたこともある。『模範郷』で2017年読売文学賞受賞など。ほかにも日本語の著書多数。

 読みすすめていくと、全体にぬるい、生温かい風を受けたような読後感が残る。

「生温さ」の原因は、東山さんが恰好悪い自分、例えばイジメにあったこととか誤解されたこととかも、洗いざらい、「アイデンティティ」についての悩みと自らの格闘をさらしているからかもしれない。文章を読むと、全体に東山さんの体温が感じられるのだ。

「生温さ」の原因は、東山さんが、過去にイジメにあったことや誤解されたことなども、洗いざらい、「アイデンティティ」についての悩みと自らの格闘をさらけ出しているからかもしれない。文章を読むと、全体に東山さんの体温が感じられるのだ。

 たとえば、曲解されたことについて――東山さんが中国に留学していたころ、大学の校内新聞の取材をうけたことがあったそうだ。そこで「ぼくは自分のことをどこの人間とも思っていない」と本心を吐露したところ、できあがった記事を見て、びっくり仰天。『バナナ人間の悲哀』と見出しがつけられ、東山さんのアイデンティティの不確かさについて同情を示したうえで、「彼が一日も早く祖国の懐に帰ってくることを願う」的な一文で締めくくられていたという。まったく意図するところのない結論に勝手に持っていかれたようだ。

 たしかに「台湾で生まれて日本で育った一個人」の世界と自分の境界を巡る旅がしるされてはいるが、東山さんは「このエッセイ集があなたにとって境界線をまたぎ越すきっかけとなりますように」と願っている。

文=久松有紗子