複数女性と奔放に付き合う“チャラくてクズ”な殺人犯。だが本当の犯行動機は…!?

文芸・カルチャー

2019/10/20

『屑の結晶』(まさきとしか/光文社)

 この世に存在しているのに、まるで自分はここにいないみたいだ――そう絶望し、生きる意味がわからないと思った日が筆者にはある。鏡に姿は映っているのに、誰の心にも自分は映っていないと思い、誰かに必要とされたくて、自分のことを見てほしいともがく。まるで幽霊のような人生だと思っていた…。

 もしあなたも同じような孤独感を抱えたことがあるのなら、手に取ってほしいミステリー小説がある。まさきとしかさんの『屑の結晶』(光文社)だ。

■「誰を殺そうと俺の自由」好き勝手に振る舞う動機とは――

 ミステリー小説に残虐な事件と極悪非道な犯人はつきものだ。しかし、本作の犯人・小野宮楠生はそれとは一風変わっている。彼は池袋の雑居ビルで70歳の清掃スタッフの女性を灰皿で衝動的に撲殺し、逮捕された。

 その後の供述で、前日にも同様の手口で元交際相手の女性を殺害したことが判明する。2人の女性を殺した小野宮は「誰を殺そうと俺の自由だろ」と口にし、満面の笑みを浮かべてピースサインをしながら送検されたことで、世間の注目を集めることに。

 さらに、逮捕後には彼の恋人だと名乗る女性たちが次々と出現する。世間の人々は小野宮という人間にゲスな関心を寄せるようになり、彼は名前をもじって「クズ男」と呼ばれるようになった。

 そんな小野宮は当初犯行を全面的に認めていたが、後に清掃スタッフの女性の殺害を否認する。突然、無罪を主張し始めたのだ。だが、国選弁護人は彼に懐疑的な態度を見せたため、私選弁護人の宮原貴子に依頼が舞い込んだ。

 弁護を引き受けた貴子は初めて接見した時に、妙な違和感を抱く。初対面の貴子をちゃん付けで呼び、被害者を「ババア」と罵る小野宮はいかにもチャラく、「クズ男」という呼び名にふさわしいように見えた。

 しかし、そんなクズ男に7股されていたことが明らかになっても、「悪い人じゃない」「子どものように無邪気な人」と小野宮のことをかばい、「救いの会」まで立ち上げる自称恋人たちの話を聞いて回るうちに、彼の本性がどんどんわからなくなっていく。

 また、7人の恋人たち全員が、本気で腹を立てた小野宮の姿を見たことがないと証言したため、貴子は「衝動的」という犯行状況に疑念を抱く。もしかして、小野宮はひとつも本当のことを話していないのでは…。そう疑うようになった貴子は、ひょんなことから、被害者女性たちと小野宮が宮城県のM町で繋がっていることに気づいた。M町は、小野宮が小学4年生から中学校を卒業するまで暮らしていた児童養護施設がある場所。

 アクリル板を隔てて接見する彼は、早く外の世界に出してくれと懇願するのに、一方では「俺の将来なんてどうでもいいよ」とこぼす、矛盾だらけの殺人犯。クズ男として世間を騒がせるひとりの青年は、これまでの人生でどんな現実を目にし、どう生きてきたのだろうか。彼がひとりで抱えている事件の真相に迫るには、もっと大事な何かに迫る必要がある――。

 幼き日の小野宮が漏らしたという「すごい。色がついてる」という言葉。これに込められた絶望と希望を知る時、あなたはもう彼のことを「クズ男」とは呼べなくなるはずだ。

文=古川諭香