「友達はいません」本名も連絡先も教えてくれない謎の女子高生との恋。待ち受ける残酷な運命とは?

文芸・カルチャー

2019/10/23

『もうヒグラシの声は聞こえない』(青谷真未/ポプラ社)

 いつだってあっという間に終わってしまうのが夏というもの。セミの鳴く声はパタリと途絶え、肌寒さを感じる季節になった。過ぎていってしまった夏を惜しむように、今こそ読んでほしい本がある。その本とは、『もうヒグラシの声は聞こえない』(青谷真未/ポプラ社)。夏の日差しにあたためられたコンクリート。冷たいプールの水。ビート板の感触…。市民プールを舞台にしたこの物語には、夏の香りと青春時代の恋のほろ苦さが散りばめられている。

 主人公は、高校生で元競泳部員の島津満。高校最後の夏休み、満は市民プールで監視員のバイトをしていた。ある日、彼は、競泳選手用の水着を身につけながらも、まったく泳ぐことができない少女の姿を見かける。毎日のようにプールを訪れながらも、ちっとも泳ぎが上達していない彼女の姿に歯がゆさを覚える満。「ひぐらし」と名乗る彼女に、満はクロールを教えることになるのだが…。

 柔らかで頼りのない青白い頬。プールで出会った彼女は、まるで羽化したばかりのセミのように作り物めいた白い肌をしていた。「ひぐらし」というのは、妙に彼女に似合った名前だが、明らかに偽名だ。おまけに彼女は「新しく友達や知人を作りたくない」と言い張り、満のことは、ただの「通りすがりの人」だと言う。水泳を教えてもらうというのに、満と待ち合わせをしない。「たまたま出くわした」というシチュエーションにどういうわけかこだわろうとするのだ。

 不可思議なのはそれだけではない。満のクラスメイトの浅野はどうやら「ひぐらし」のことを知っているようだが、浅野が声をかけても「ひぐらし」は知らん顔。「友達はいません」「これからも作りません」と言い張る「ひぐらし」。どうして彼女は、こんなにも人と距離を置きたがるのだろうか。それには、彼女の抱えるある秘密が関わっていた。

「なんで今更泳げるようになりたいの 」
「できないと、悔しいので。でもそのうち、悔しかったことすら忘れてしまうから、その前に」

 クロールの次は、平泳ぎ。その次は、自転車に、逆上がり…。できないことを克服しようと、「ひぐらし」は、次から次へと目標を立てていく。その懸命な姿に満は次第に惹かれていく。できないことができるようになることの楽しさを思い出していく。だが、彼女との時間は長くは続かない。夏の間に始まったこの恋はどこまで続いていくのだろうか。

 互いが互いを特別な人だと思いながらも、残酷な運命が2人の前に立ちはだかっていく。思いがけない切ない展開に心揺さぶられる。どこか寂しさを感じる今の季節にこそ、この物語を薦めたい。あなたもきっとこの純愛ストーリーに感涙させられるに違いないだろう。

文=アサトーミナミ