夫を射殺した女性はなぜ6年間沈黙を続けるのか? どんでん返しが炸裂する、話題の海外ミステリー

マンガ

公開日:2019/10/26

『サイコセラピスト』(アレックス・マクリーディーズ:著、坂本あおい:訳、早川書房)

 あなたがもしミステリー小説に興味があるなら、アレックス・マイクリーディーズという名前を覚えておいて損はないだろう。

 マイクリーディーズ氏は1977年生まれのイギリスの作家。2019年2月、出版社への持ち込みから出版にいたったデビュー作『The Silent Patient』が、いきなりアメリカの「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラー・リストのトップに輝き、その後も半年にわたってリストに居座り続けるという快挙をなしとげた。同作の版権は世界40数カ国で売れ、すでに映画化のプロジェクトも動き出しているという。

 2019年9月に発売された『サイコセラピスト』(アレックス・マイクリーディーズ:著、坂本あおい:訳/早川書房)は、同デビュー作の邦訳版。世界で巻き起こっているマイクリーディーズ旋風が、ついにわが国にも到達したということになる。

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 主人公のセオ・フェイバーは心理療法士。北ロンドンにある司法精神科施設〈ザ・グローヴ〉のポストに空きがあることを知った彼は、すぐさま面接を申し込む。〈ザ・グローヴ〉にはセオがかねてから興味を抱いてきたアリシア・ベレンソンという女性患者が入院していたのだ。気鋭の画家だったアリシアは6年前、自宅で夫を射殺。夫が椅子に縛りつけられていたこともあり、事件はさまざまな憶測を呼んだ。しかし事件以来、まったく口をきかなくなったアリシアは、〈ザ・グローヴ〉に入院してからも長年沈黙を貫いている。〈ザ・グローヴ〉で働き始めたセオはさっそく彼女の担当を志願、面談を開始する。

 アリシアはなぜ6年間も黙っているのか。そして事件当日いったい何が起こったのか。このふたつが物語の大きなポイントだ。アリシアの内面に近づくため、セオは関係者を訪ね、事件当日について調査を始める。セオがそこまでアリシアにこだわるのは、彼自身が心に問題を抱えているから。抑圧的な父親によって苦しめられた幼少期の記憶は、現在の私生活にも暗い影を落としていた。沈黙を続けるアリシアを前にしたセオは、そんな自らの内面にも否応なく向き合うことになるのだった。

 セオ同様、精神科施設で働いていたキャリアをもつ著者だけに、精神科施設をめぐる描写は説得力十分。重層的に展開するストーリーが、読者を心の迷宮の奥へと誘ってゆく。その他にも触れておきたい特徴は多々あるが、何を書いてもネタバレになりそうなのが悩ましいところ。そう、この小説の一番の売りは、ラストに待ち受ける大きなサプライズなのである。

「巧みなプロットと戦慄のラストに圧倒される傑作」とは、本書の帯に付された惹句だが、その言葉に偽りなし。わが国の〈イヤミス〉にも相通じるようなショックが、ラスト数十ページに待ち構えている。なるほど、これは話題になるわけだ。

 世の中にはその内容について、人と語り合いたくなる小説がある。『サイコセラピスト』は間違いなくそうしたタイプの作品だろう。ネタバレを避けながら語るのが難しいだけに、なおさら誰かと驚きを共有したくなる。

 この年末にかけて「『サイコセラピスト』ってもう読んだ?」という声があちこちから聞こえてくるはず。そんな時、耳を塞がずに済むように、海外ミステリー好きは今すぐにチェックしておくべきだ。もちろんそれほどミステリーに詳しくなくても十二分に楽しめる。いや、そういう人ほどラストの仕掛けに驚けるかもしれない。

 新人離れした筆力を誇る超大型ルーキー、アレックス・マイクリーディーズ。そのブームがどこまで広まるか、楽しみなところだ。

文=朝宮運河