京都祇園を支える「粋」な生き方に心がときほぐされる! 元芸妓の絶品“麩もちぜんざい”が味わえる、よろず相談処

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/2

『京都祇園もも吉庵のあまから帖』(志賀内泰弘/PHP研究所)

 親の存在がありがたくもときに煩わしいのは、彼らにとって我が子はいつまでも子供に過ぎず、一人前として扱ってもらえないからだ。それは同時にありがたいことでもあって、世間的には成熟した大人として扱われる。本当は、子供のときと大差ない悩みや葛藤を抱えていても、誰にもこぼすことができない。そんな大人たちの駆け込み寺を描いたのが『京都祇園もも吉庵のあまから帖』(志賀内泰弘/PHP研究所)だ。

 まず冒頭、語り手となるのは、京都の花街に育った元芸妓で現タクシードライバーの美都子、38歳。祇園No. 1を誇っていた彼女が畑違いの転職を決めたのは、やはり元芸妓でお茶屋の女将でもある母親・もも吉に「踊りが高慢で謙虚さがない」と指摘されたのがきっかけ。人一倍努力を重ねたのは確かだけれど、幼いころから見た目も能力も人より優れていたがゆえに、ナチュラルに驕りをそなえた彼女が、若い見習い芸妓・奈々江を通じて己をふりかえるのが第1話。

 第1話を読んでいると、人はそう簡単に“大人”にはならないし、むしろ経験を積むうち削ぎ落とされて残るのは、いちばん無邪気で子供らしいその人の本質なのかもしれない、と思わされる。自分の過去をどこか美化して、母に認めてもらえなかった悔しさから意固地にもなっていた美都子の心は、自分より若くして重たいものを抱えた奈々江の事情を知って、少しほどける。誰かに諭され、自分とはちがう他者と触れ合うことで、38歳になってもなお成長することができるのだ、と読んでいると勇気をもらえるエピソードである。もちろん人はそうそう簡単には変われないので、あいかわらず意固地で気の強いふるまいがその後出てくるたびに、それはそれで嬉しくなるのだが。

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 美都子を諭すのはもちろん、もも吉だ。美都子の設定だけでもキャッチ―なので、彼女が主人公なのかと思いきや、第2話では老舗和菓子屋の社長と新米社員、第3話は妻を亡くし、後悔を抱えて京都をめぐる中年男、と語り手は次々と変わり、その中心にはいつも、もも吉がいることがわかる。お茶屋をやめて、一見さんお断りの甘味処「もも吉庵」を営む彼女のもとへは、美都子だけでなく迷える大人たちが吸い寄せられる。祇園の美学でありもも吉の信念である「粋」な助言を求めて。人間模様だけでなく、芸妓の世界のしきたりや京都の街並みや文化に触れられるのが本作の魅力だが、その最大がこの「粋」を学べることだろう。

 出過ぎた真似はせず、しかし義務は果たし、他人に優しく、自分に厳しく、筋の通った生き方をする。それが粋だ。人によって貫き方は異なれど、ときに厳しいもも吉の教えや諭しが訪れる人々の、そして読者の、秘めたる信念を呼び覚ます。

 もも吉庵唯一のメニューは麩もちぜんざい。汐吹昆布とともに食べると絶品なように、甘いものはからさとともにあって引き立つ。酸いも甘いも噛み分けたもも吉の粋な指南に、読めば読者もきっと心ときほぐされるに違いない。

文=立花もも