飯テロ・大人の恋・ミステリ・人間ドラマのフルコース!「ビストロ三軒亭」シリーズ著者最新作は、男装女支配人×イケメン料理人の『トラットリア代官山』

文芸・カルチャー

2019/11/15

『トラットリア代官山』(斎藤千輪/角川春樹事務所)

 代官山は、憧れの街だ。週刊誌なんかを読んでいると、有名人がお忍びデートをするときにかならず登場する地名、渋谷と恵比寿、中目黒に囲まれている。話題のお店と、スマートな人たちが集う街というイメージが強い。

 だが代官山は、決してファッショナブルなだけの街ではない。駅周辺を歩いてみれば、知名度のわりにはこぢんまりした、瀟洒な景色が見えてくる。センスのいいカフェ、おしゃれなサロン、老舗の洋食屋さんに、緑豊かな西郷山公園……『トラットリア代官山』(斎藤千輪/角川春樹事務所)の舞台であるイタリアンレストランは、華やかさと落ち着きが同居する、代官山の路地裏にある。

「トラットリア代官山」は、カウンターのみの小さなレストランだ。店を切り盛りするのは、亡き父のスーツを身につけた女支配人の大須薫・31歳。女子力というものには縁遠いが、媚びるくらいなら一生独りでもかまわない。そんな薫を支えているのは、料理長の安東怜。まだ28歳と若く、無邪気な子犬のような風貌だが、繊細な料理を生み出す腕は確かだ。

 提供する料理は、日替わりのコース1種類のみ。メニューには素材しか書かれていない──たとえば、ある日の肉料理は「イベリコ豚、栗、京人参」といった具合だ。怜は旬の京野菜を使うのが上手いし、魚や肉もとれたてを使う。心づくしの創作イタリアンに、個人店ならではの臨機応変な接客とくれば、店が流行らないはずはなかった。薫と怜のふたりで回すレストランの席は、すぐに予約で埋まってしまう。

 いっぷう変わったレストランには、個性的な客が集まってくる。

 たとえば、永野鈴音は、「トラットリア代官山」の常連客のひとりだ。彼女が店で待ち合わせたのは、エリート会社員と結婚したかつての仕事仲間・朝倉綾乃。彼女に嫉妬めいた感情を覚えずにはいられない鈴音は、加茂ナスのマリネに舌鼓を打ったあと、綾乃への復讐を思いついてしまうのだが……。

「トラットリア代官山」を訪れるのは、愛犬が失踪した父娘、背伸びしてセレブ男とのデートを重ねるネイリストなど、悩みや問題を抱えたゲストばかり。彼らの心を極上の料理で解きほぐし、気の利いた接客で解決へのヒントを示すことも、「トラットリア代官山」のもてなしのうちであるようだ。

 考えてみれば、美味なる食卓には、意外な隠し味や、驚きという名のスパイスが欠かせない。それは、麗しき男装の女主人の秘めた想い、愛想のいいイケメン料理人の生い立ちや、流行のショップの隣に老舗のレストランが並ぶ代官山の街とも、どこか似ている。

「ビストロ三軒亭」シリーズ(KADOKAWA)の著者が書く飯テロ描写はもちろん、薫と怜の恋の行方や、ミステリ要素も含むゲストたちの人間模様、ほろりとくるエピソードも楽しめる、まさにフルコースの一冊。ページをめくり、「トラットリア代官山」を訪ねていけば、胸に豊かな栄養が満ちること間違いなしだ。

文=三田ゆき