江戸川乱歩は耳フェチだった!? 新婚夫婦と“女児人形”に起きた悲劇を描く「人と人形の恋」

文芸・カルチャー

更新日:2022/12/5

『人でなしの恋』(江戸川乱歩/東京創元社)

 奇想天外なストーリーとトリック、人間の奥底に潜む欲望や愛憎を独特な筆致で描く推理小説家・江戸川乱歩。その妖しい作品世界は、今もなお多くのファンを魅了しつづけている。江戸川乱歩といえば、本格ミステリーや少年向け推理小説を手がけているイメージが強いが、なかには“恋愛”が軸になっているものも少なくない。恋といっても恋をする相手は多種多様。絵の中の美少女との純愛や同性への情愛など、どれも一筋縄ではいかないものばかりだ。そんな江戸川乱歩による“道ならぬ恋物語”をひとつ紹介しよう。

■人形への恋慕『人でなしの恋』

 まるで生きているような艶やかな人形を見て、心を奪われそうになったことはないだろうか。『人でなしの恋』は、ある新婚夫婦と一体の人形に起きた悲劇を描く。

 地元の名士・門野(かどの)家に嫁いだ女性が語り部となり、その悲劇をとつとつと語る同作。結婚から半年ほどは、夫の門野はとてもやさしく妻を可愛がってくれたが、あるときから彼の愛に偽りを感じるようになる。そんななか、彼女は門野が夜な夜な敷地内にある蔵に通っていることを知る。

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 ある夜、他の女との密会を疑い、妻が蔵に向かうと、そこには彼の想い人である「女児人形」があった。ここで注目したいのが、女児人形の描写だ。

その女児人形は、不思議と近代的な顔をしているのでございます。
 まっ赤に充血して何かを求めているような、厚味のある唇、唇の両脇で二段になった豊頬(ほうきょう)、物云いたげにパッチリと開いた二重瞼、その上に鷹揚に頬笑んでいる濃い眉、そして何よりも不思議なのは、羽二重で紅綿を包んだように、ほんのりと色づいている、微妙な耳の魅力でございました。
 その花やかな、情欲的な顔が、時代のために幾ぶん色あせて、唇のほかには妙に青ざめ、手垢がついたものか、なめらかな肌がヌメヌメと汗ばんで、それゆえに一層悩ましく、艶めかしく見えるのでございます。
 薄暗く、樟脳臭い土蔵の中で、その人形を見ました時には、ふっくらと恰好よくふくらんだ乳のあたりが、呼吸をして、今にも唇がほころびそうで、その余りの生々しさに、私はハッと身震いを感じたほどでありました。

 実に364文字を費やして、人形の魅力を表現している。とくに印象的なのは「羽二重で紅綿を包んだように、ほんのりと色づいている、微妙な耳の魅力」という、耳へのほめ言葉。乱歩は耳フェチだったのかな、と妙に勘ぐってしまいそうなほどだ。彼女は夫の恋をこう語る。

 人でなしの恋、この世のほかの恋でございます。そのような恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことの出来ない、悪夢のような、或いはお伽噺のような、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかし又一方では、絶え間なき罪の呵責に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。門野が私を娶ったのも、無我夢中に私を愛しようと努めたのも、皆そのはかない苦悶の跡に過ぎぬのではないでしょうか。

 人ではないものに恋をした快楽と罪の意識は、本人にしかわからない。地獄から逃れようと娶った妻は“人形の代わり”になることはなかったのだ。

 真実を知り、嫉妬に狂った妻は憎き恋敵の手足を引きちぎり、轢死体のように、人形の首、胴、手足をばらばらにしてしまう。奇妙な三角関係の結末は、読者の頭の中に鮮烈なイメージが残るので、ぜひ本編で確認してほしい。

 人ではないものに魅入られてしまった男の恋を、切なくも風変わりに描いた『人でなしの恋』。本作を推理小説としてだけでなく、恋愛譚として楽しむのも一興だろう。

文=とみたまゆり