さらけ出すってこういうこと! 女の「生」を突き詰めた新しい感性の小説集

文芸・カルチャー

2019/11/17

『マミトの天使』(市原佐都子/早川書房)

そよそよ、そーよ、そーよ。私は茶色いイヌを飼っていたのだった。っていうのを思い出したのはタロー君というニンゲンのオスの隣。むくむくとした毛布に裸でくるまれているとき。タロー君のにおいとこのオレンジ色の花柄の昭和っぽい毛布、そしてなにより、茶色からだった。扇風機の風に、そよそよ、そーよ、そーよ、って揺れている、そーよ、そーよ、茶色い毛。

 軽妙なリズムから始まるこの物語は、市原佐都子氏よる中編小説『マミトの天使』(早川書房)。市原氏は、演劇ソロユニットQを主宰し、2011年に戯曲『虫』で第11回AAF戯曲賞を受賞、2017年には『毛美子不毛話』が第61回岸田國士戯曲賞の最終候補になるなど、今注目の劇作家だ。スーパーマーケット「マミト」で働く主人公「私」は、時々肉体的な関係を持つ「タロー君」の家の床に寝ころびながら、布団に吸い込まれていく汗や食べ物のカス、フケやダニに思いを馳せる。次第に幼い頃飼っていたイヌの記憶が甦り、幼少期の回想へと繋がっていく。

 覚えにくい名前に薄い顔の「私」。前歯を磨かない親友の「イーコ」と過ごす時間を大切にしている「私」。キラキラしたクラスメートに突然話しかけられ、パニックになり咳き込んでしまう「私」。憧れていた先生に存在を認識されなかった「私」。イヌの前でこっそりお尻を出す「私」。「私」が形成されていく記憶の断片と、スーパーで働く「現在」が交差する。また、「私」はスーパーに並ぶ商品のようになりたいと願っている。「私なんかマミトに並ぶことさえできない味の薄いポテトチップス」と考える主人公にとって、特別扱いはされずとも、誰かに必要とされる「ありきたり」への憧れは切実だ。

「この世にいてもいなくても同じ」不確かな存在である「私」を、生きることへ向かわせるものは何か。それは、「生」の実感である。思わず目を背けたくなるような生々しさをもって描かれる汗や排泄物、食欲や性欲。そうだ、さらけ出すってこういうことだ。感情が大きく揺さぶられ、できれば蓋をしておきたかったと後悔に近い念が湧き上がるが、最後には、清々しさを感じる不思議な読後感が待っている。表題作と共に収録された「虫」と「地底妖精」の2編も大変にパンチの効いた作品。ぜひこの新しい感性を共有したい。

文=タケダカオル