AIロボットとの対話を通して気がつく、自らの生きる道――驚きと喜びと感動に充ちた結末に、涙腺決壊!『あの冬、なくした恋を探して』レビュー

文芸・カルチャー

2019/12/5

『あの冬、なくした恋を探して』(いぬじゅん/ポプラ社)

 福祉施設に勤務する28歳の玲菜は、友だちに誘われて婚活パーティに参加する。そこで出会った謎めいた男、ハルに“性格がブス”と指摘され、怒り心頭に。後日ハルから、開発中のAIロボットアドバイザーのモニターにならないかと持ちかけられ、黒猫ロボットの“クロスケ”と同居することになる――。

 切ない青春小説からお仕事小説、胸きゅんラブストーリーまで、巧みなストーリーテリングと繊細な文体で多くの読者を持つ、いぬじゅんさん。12月に発売される新作『あの冬、なくした恋を探して』(ポプラ社)は、この季節にぴったりの心温まる物語だ。

 主人公の玲菜は、社会人として仕事をきちんとこなし、よき友人たちにも恵まれ、一見充実した生活を送っている。だけど心の奥底には癒えない傷を抱えていた。それは10年前に失った恋の思い出だった。

 初めて愛した男性、翔への想いが今も胸の中にある玲菜は、結婚願望はおろか、新しい恋をしてみようという気持ちにさえもなれない。婚活パーティに出てみても、真剣に出逢いを求める参加者たちをどこか引いた目で見てしまう。玲菜のそんな態度を指して、ハルは“性格がブス”と言ったのだった。

 さらに彼は、そんな生き方を続けていると未来はこうなると玲菜に宣言する。

色でたとえるならば、これ以上ないくらい真っ黒。誰からも好かれずにひとりぼっちで病気になって死ぬ

 そうなるのを回避するには、性格も生活態度も、人生に対する向きあい方も変えていかなければならない。そう主張するハルに半ば押し切られる形でクロスケを預かるのだが、クロスケとの会話を重ねるうちに、玲菜は知らず知らず自分の心を見つめてゆく。

 クロスケからのアドバイスは、けっして難しいものではない。

 たとえば家の中をきれいにすること、コンビニ食は控えて自炊を心がけること、お酒の量を減らすことなどなど。形から入ることで気持ちの状態を整える。気持ちが整ったら、より深いところまで整えていく準備ができる。

 おそらく本作のテーマの一つは、マインドフルネスを取り入れて生きていくことだろう。初期作『いつか、眠りにつく日』(スターツ出版文庫)から近作『この冬、いなくなる君へ』(ポプラ文庫ピュアフル)まで、作者の作品では様々な形でマインドフルネスが書かれてきた。それも観念的なものや、特別なものとしてではなく、このクロスケの助言のようにあくまでも具体的に、分かりやすく。

 クロスケと生活していくなかで、停滞していた玲菜の人生は少しずつ動きだす。仕事への意欲を取り戻し、ほのかな恋の予感も覚える。しかし、翔への深い愛情だけは何をもってしても変わらない。そして玲菜は気がつく。

 かつての自分は失った恋の思い出を言い訳にして、人生から逃げていた。だけど今の自分は、その恋の思い出を原動力にして生きていける、と。

 たくさんの葛藤を経て変化した玲菜が見つけた、自らの生きる道。そんな彼女を待ち受けるサプライズなエンディング。驚きと喜びと感動に充ちた結末は、いぬじゅんワールドの真骨頂にして、現時点での最高傑作だと思う。

文=皆川ちか