1日1時間。「またね」は言わない――孤独な少年と幽霊少女が、恋に落ちるごとに別れに近づく切ないラブストーリー

文芸・カルチャー

更新日:2020/3/19

『消えてください』(葦舟ナツ:メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 誰にも気づかれぬまま、この世界からふと消えることができたらどんなに楽だろうと思う日がある。特段死にたいわけではないし、劇的な出来事が自分の身に降りかかったわけでもない。だけれど、生きるのは容易いことばかりではない。

 日常に、なんとなく息苦しさを感じている人は、この本に救われるかもしれない。『消えてください』(葦舟ナツ:メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、孤独な少年の、幽霊の少女との出会いを描いた物語。著者の葦舟ナツ氏といえば、衝撃的な内容で発売直後から話題沸騰し、大ヒットとなった『ひきこもりの弟だった』で知られる。2作目となるこの作品も思いがけない展開が待っている。

 主人公は、高校1年生の泉春人。ある雨の日、春人は橋の上でいきなり声をかけられた。「私を消してくれませんか」。「サキ」と名乗るその美しい女性は、どうしても消えることができないでいる幽霊だというのだ。「おかしなことを言っているって、わかっています。ただ、自分ではどうすることもできなくて」。春人は、サキの願いを叶えるために協力することになる。

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 2人は会うたびに次に会う予定を決めることにした。「一日一時間」。「『またね』は言わない」。ルールを決めた彼らは、サキを消すために日々を共に過ごしていくのだが…。

 春人の毎日は決して順調なものとはいえない。母親が亡くなってからの、父と2人だけの静かな生活。始まったばかりの高校生活では周囲に馴染めずいつも独りぼっちでいる。幼なじみは知らない間に大人びていて、将来のことをしっかり考えているが、春人はこれからのことなど考えられない。何気ない時間が坦々と続いていく日々の中で春人は、漠然と息苦しさを感じていた。そんなとある夏、気がつけばサキの隣だけが春人の居場所になっていた。

 最初、春人は、いずれは消えることができるサキのことを不謹慎にも羨ましくさえ思っていた。サキが死に至る過程は大なり小なり肉体的な痛みや苦しみがあったに違いないが、どんな苦痛はあったにせよ、その瞬間を終えた彼女は、これから消えるだけの存在ともいえる。それを春人は羨ましく思ったのだ。しかし、彼女と時を過ごすうちに、春人の心には次第に変化が生じてくる。サキに消えてほしくない。そんな思いが確かに芽生え始める。

 サキは、自分の名前以外何も覚えていないのだという。幽霊が消えることができないというのだから、きっとこの世に何らかの未練があるに違いないのだが、それを思い出すことすらできない。一体、サキの過去には何があったのだろうか。それが明かされるにつれて、胸がギュッと締め付けられる。

 サキは日常の光景の中に美しさを見出していく達人だ。夕暮れの川の色鮮やかさ。空を流れる流星群のきらめき。雨上がりの虹…。そんな景色を2人で眺めるうちに次第に別れは近づいてくるのだろう。恋に落ちるごとに、別れに一歩ずつ近づく2人。春人とサキはどんな運命をたどるのか。切ない展開に、心が揺さぶられること間違いなしの一冊だ。

文=アサトーミナミ

『消えてください』作品ページ