消えた少女の行方は!? 警察と被害者家族の必死の捜索、そして浮かび上がる現代の闇とは――?

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/23

『雨に消えた向日葵』(吉川英梨/幻冬舎)

 テレビドラマ化もされた「女性秘匿捜査官・原麻希」シリーズをはじめ、「水上警察」シリーズ、「十三階の女」シリーズ、「警視庁53教場」シリーズなど、数々の人気警察小説を世に送り出してきた吉川英梨氏。その新刊『雨に消えた向日葵』(幻冬舎)の題材となったのは、“少女失踪”だ。

 姿を消したのは、埼玉県坂戸市の鶴舞ニュータウンに母、姉の3人で住む小学5年生の石岡葵。放課後、教室に残ってマンガを描いていた彼女は、ゲリラ豪雨のなかをひとりで帰宅。田んぼの一本道を傘をさして歩いている姿が、目撃されたのが最後となった。その日は暴風雨が吹き荒れ、近くの高麗川や道路脇の用水路は増水。事故の可能性も考えられるが、失踪の1カ月前には葵が見知らぬ男につきまとわれて写真を撮られるという事件も起きていた。さらに、葵の両親は離婚調停中。親権をめぐる争いが続いていて、葵は父親と2年も会っていない。そんな情緒が不安定になってもおかしくない家庭事情もあった。事故か、誘拐か、あるいは家出か? 捜査を開始した埼玉県警捜査一課の奈良健市警部補は、さまざまな可能性をしらみつぶしに当たって、葵の行方を追い求める。一方、葵の家族もまた必死に彼女を探すのだが――。

 物語は奈良と葵の姉である沙希、ふたりの視点から交互に描かれていく。情報が錯綜し、人員も不足する中、奈良はひたすら地道に手がかりを探し、捜査線上に浮かんできた人物を調べ上げる。捜査は、その繰り返しだ。行き先の見えないまま混迷していく失踪事件の捜査が、リアルな現場の実情とあわせて描かれる。そして、奈良の捜査にかける執念の根底には、彼とその妹の個人的な“事情”が関わっていることも明らかになっていく。

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 沙希の視点から描かれる被害者家族の悲壮な喪失感と必死の捜索活動にもまた心を揺さぶられる。母の精神状態は悪化し、別居していた父と一緒に葵を探し続ける沙希。しかし、無情にも時間は過ぎ、やがて人々の関心は薄れていく。捜索活動の過程で、家族同士の関係だけでなく、その周囲の人々との関係も変化し、被害者であるにもかかわらず、沙希たちはいわれなき誹謗中傷、悪意にもさらされることになる。

 捜査が進むに連れて、小児性愛者、過激でグロテスクな少女凌辱マンガ愛好者、強姦マニアが集うダークウェブといった、現代の闇ともいえる存在が浮かび上がっていくが、葵は見つからない。やがて、捜査態勢は縮小を余儀なくされ、葵の死を前提にした捜査活動も開始される。それでも沙希たちは葵が生きていることを信じて、疲労が積み重なる中、踏ん張り続ける。奈良も葵の発見を諦めない。

“人を探す”という作業がいかに困難に満ちたものなのかを思い知らされ、作中の人物たちと同じように葵の無事を祈るような気持ちでページをめくらされていく。執念の捜査は実を結ぶのか、そして家族の再生は成されるのか。この残酷な失踪事件が迎えるカタルシスのある結末をぜひじっくりと味わってもらいたい。

文=橋富政彦