「趣味は通夜に行くことです」…24歳無職の女性が出会った不思議な生き方とは

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/24

『通夜女』(大山淳子/徳間書店)

 あらすじに目を通しただけで、早く内容を読みたくてウズウズしてしまう書籍と出会うことがある。私にとって、『通夜女』(徳間書店)もその1冊だった。

 本作は人気作家・大山淳子さんによる小説。大山さんは、「猫弁 死体の身代金」で第3回TBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞しデビュー。以来、「あずかりやさん」シリーズ(ポプラ社)や映画化された『猫は抱くもの』(キノブックス)など、数々の人気作を生み続けてきた。

■見知らぬ他人の通夜にひょんなことから参列した主人公は――

 本作の主人公・仁科小夜子は、幼い頃から成績優秀。中高一貫の女子高に通い、大学では日本文学を専攻した。このまま順調に「普通」のレールを歩めると本人も思っていたが、就職活動でつまずいてしまい現在は無職。1年3カ月も家にひきこもり続けている。

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 そんな小夜子はある日、弟の結婚式に出席し、帰り道でひとり、道に迷ってしまう。辿りついたのは、まったく知らない人の通夜が行われている団地の集会場。ブラックフォーマルだったため弔問客に間違われ、通夜へ参列するハメになってしまったのだ…。だがそれ以来、小夜子の頭から「通夜」のことが離れなくなった。

 人々はみなすすり泣き、不幸が前提としてある空気感。「この空間にもっといたい」「もっと浸りたい」…小夜子はそう思い、他人の通夜に参列すべく、自宅から離れた葬儀場に足を運び始めるようになる。

 周囲が当たり前のようにクリアしていった「就職」というレールに乗れなかった自分に自信喪失し、人生に嫌気がさしていた小夜子は、何もかもがコンチクショーな状態。だからこそ、遺族の抱えているであろう悲しみに思いを馳せ、悲壮な面持ちでいることが求められる通夜という場が、自分にとって唯一の居場所に思えた。

 だが、小夜子の人生を変える出会いは、その先に突然起こった。ある日参列した通夜で、別の通夜でも見かけた老婆に遭遇したのだ。老婆は自身を「通夜女(つやめ)」と言った。「通夜女」の役目は通夜を渡り歩き、遺族を慰めることだという。その老婆に「通夜女」のルールを教えられるうちに、小夜子の心は変化する。死者の生前の人生にもっと深く関わり、リアルな不幸を味わって号泣したいと思うようになり、老婆に「弟子にしてほしい」と頼みこむ。しかし、その先には読み手の想像した景色をガラっと変えるような“悲しみ”が待ち受けていた…。小夜子は他者の通夜を通して、何を見つけるのだろうか。

■「イス取りゲーム」のような現代社会を生き抜く人へのエール本

 本作は、他人の通夜を通じて生き直しをしようとする女性の成長記。漠然とした不安を抱え、優越感と劣等感の狭間でもがいている人たちへのエール本でもある。

 私たちの社会は、ときにイスとりゲームのようにシビアだ。誰かの失敗を見ては、別の誰かがほくそ笑む。ちょっとした失敗や選択ミスでイスからはみ出てしまうと、私たちは焦り、社会からあぶれてしまった自分が、情けなく思えてならなくなる。

 頑張ってイスに座り続けるために、自分にしかできないことを探したり、自分らしさを武器にして社会に立ち向かおうとする人もいるだろう。だが、その気持ちが強すぎると、自分自身を追い込む焦りの種にもなりかねない。どんな道を選べばいいのか、失敗が許されにくい現代社会では、どういう選択をしていくのが正しいのか、考えあぐねてしまう。

 だが、本作を通じて小夜子の姿を見ていると、あることに気づかされる。人が前に進むには、喪失を受け入れねばならないのかもしれない、と。失敗によって生じた喪失を受け入れることによって、人は強くなり、足を前に踏み出せるようになるのではないだろうか。

「通夜」や「葬儀」は、悲しいけれど人が前に進むために必要な儀式だ。私たちには喪失感を越えて自分を奮い立たせるための、通夜のような“心の儀式”が必要なのかもしれない。

 そんなことを考えさせてくれる「通夜女」は、きっとあなたにとってもかけがえのない1冊になるはずだ。

文=古川諭香