「トイレがあるのに野原で用を足す」なぜそんなことが起こるのか、世界のウンコ・トイレ事情

社会

更新日:2019/11/27

『トイレは世界を救う ミスター・トイレが語る 貧困と世界ウンコ情勢』(ジャック・シム:著、近藤奈香:訳/PHP研究所)

 社会に対して何らかの課題を示し、解決に取り組む“社会起業家”と呼ばれる人たちがいる。問題意識はさまざまであるが、私たちにとっても身近な「トイレ」をテーマに社会変革を目指す人物は珍しいのではないだろうか?

 それに挑んだのが、シンガポールの起業家であるジャック・シム氏だ。2001年に、国際NPO団体WTO(世界トイレ機関)を設立し、2013年には国連の全会一致で「世界トイレの日」を制定させた人物だ。彼の著書『トイレは世界を救う ミスター・トイレが語る 貧困と世界ウンコ情勢』(ジャック・シム:著、近藤奈香:訳/PHP研究所)は、ユーモラスな語り口でありながら、世界のトイレ事情に真正面から切り込んだ1冊である。

■トイレがままならないと、人体にも悪影響が…

「世界の」トイレ事情は、おそらく日本人が思うよりずっと深刻だ。本書によれば、トイレのない生活を送っている人たちは「世界の3人に1人(約23億人)」にあたり、さらに、トイレがあっても下水処理が完備されていなかったり、屋外で排泄するしかない環境に置かれている人たちを含めると「42億人(世界人口の半数以上)」もいるという。

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 問題の根底にあるのは「公衆衛生」であるが、著者はこの問題の危険性についても言及する。例えば、排泄物がただしく処理されなければ、川や水が汚染される。地面に穴を掘って排泄物を埋めたとしても、地下水が汚染されて、巡り巡って人体に悪影響を及ぼす可能性があるからだ。

 これらの課題を解決するために「トイレが確保されることが、ポジティブな連鎖の始まりだと、多くの人に気づいてもらうこと」と願う著者は、それに加えて「きちんとしたトイレが使えることで、人は尊厳を取り戻すことができる」と考える。

■“トイレ文化”が根付かなければトイレは使われない

 トイレ事情を解決するためには、トイレを設置すれば済むのか。実は、この問題にも大きな壁が立ちはだかる。「トイレ文化やトイレ教育がなければ、トイレを設置しても使われない、あるいはあっという間に単なる倉庫となる可能性もある」と指摘する著者は、あるケースを取り上げる。

 かつて、南アフリカで政府の協力を得て、ある学校に立派なトイレが設置されたことがあった。しかし、今では壊れ、汚れ、悲惨な状態になっていて、水すらひかれておらず、トイレットペーパーもない。さらに、本来使うべき子供たちは、トイレを迂回して外の野原まで出て行って用を足している状態だという。

 疑問を抱いた著者が「なぜ、直さないのか?」と校長へ尋ねたところ、返ってきたのは「お金がかかりすぎるから」という答え。加えて、校長は「子供たちは給食さえ出せば学校に来る、トイレがあるから学校に来るわけではない」と続けたそうだ。

 地域ごとの考え方や問題があるのも事実だろうが、「これらの人々の『普通』という意識が変化しない限り、トイレを導入しても、根付くことはないのである」と著者は現状を伝える。

■トイレの“地産地消”を実現した国

 カネやモノをばらまいたところで「貧困に絡む様々な課題は解決しない」と、著者は主張する。必要なのは、現地で経済を循環させる仕組みだろう。実際にカンボジアでは、トイレでの“地産地消”を実現させたケースがあるという。

 現地で行われた取り組みは「SaniShop」と呼ばれるもので、営業活動やイベントなどを通してトイレの需要を喚起してくれる人材を募ると共に、研修を受けたのちにトイレ製造を担う職人を養成する。製造者が現地にいるため、メンテナンスを地場で行えるメリットもある。

 本書によれば、2009年から2014年の間に現地でのべ500人の人材の育成に成功したというが、この取り組みにはもう一つのカラクリがあった。それは、現地の人たちの「噂話(口コミ)」に頼るという方法だ。

 トイレの“文化”がない国・地域において、「あの人の家にはトイレがある。あの人の家にはない…」という噂を広めて、やがてトイレが“ステータスの象徴”になるよう働きかけてきたというのだ。営業が成功したら1人につきインセンティブとして「3ドル支払う」と対価を設けていたこともあり、甲斐あって着実にカンボジアでの取り組みは広まっていったと解説している。

 さて、トイレを通してここまで真剣に世界の課題と向き合った本は、なかなかない。この手の話は「大便、小便、こうした話はしないこと!」という前提があるためタブー視されがちだと著者は述べる。だが、ユーモアの裏に隠された本書からにじむひたむきな思いを、ぜひページを開いて受け止めてもらいたいと願う。

文=カネコシュウヘイ