もし、他人の人生を生きられるとしたら…『15歳のテロリスト』著者が送る、衝撃の慟哭ミステリー

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/28

『僕が僕をやめる日』(松村涼哉:メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 今までの自分の人生をすべて捨てて、別の人生を歩むことができたらどんなに素晴らしいことだろう。人生に行き詰まりを感じた時、ふとそんな願望を抱いてしまうことがある。自分の道を切り開いていくのにはいつだって困難がつきまとうものだ。

『僕が僕をやめる日』(松村涼哉:メディアワークス文庫/KADOKAWA)は、他人の人生を生きることになった青年のノンストップミステリー。松村涼哉氏といえば、スクールカーストやいじめを題材とした『ただ、それだけでよかったんです』で第22回電撃小説大賞・大賞を受賞。少年法のありかたを問うた『15歳のテロリスト』が緊急大重版中の大人気作家である。社会的な問題を中心にすえた作風は、最新作でも健在。現代社会の闇に鋭く切り込んでいく内容は、是枝裕和作品の『誰も知らない』や『万引き家族』を彷彿とさせる。

 主人公は、立井潤貴、19歳。母親が亡くなり、父親も失踪し、生活保護を受けている立井は、悪質な“無料定額宿泊所”で暮らしていた。彼は、生活保護をピンハネされ、受給票も管理人に奪われたまま、職につくことも、痛めた腰を治すために病院に行くこともできないでいたのだ。生きることに絶望し、立井は自殺を試みようとする。

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僕の住民票で部屋を借り、僕の合格証書で大学に通い、僕の学生証でバイトをして、僕の保険証で病院に通う。死ぬくらいなら、僕の分身として生きてみないか?

 自殺寸前の立井は、高木健介という青年に救われる。そして、彼の言うままに、覆面作家の顔を持ち執筆に忙しい高木の代わりに、立井は大学生の<高木健介>として生きることになる。しかし、2年が経ったある日、高木は突然失踪してしまった。そして、高木には、とある殺人の容疑がかけられていた。窮地に追い込まれた立井は、失踪した高木の行方と真相を追うことになるのだが…。

 一度、貧困の沼に沈むと、這い上がることは難しい。現実を打開することができずにいた立井を救ったのは、間違いなく高木の存在だった。しかし、高木は何を目的に立井に近づいたのだろう。どうして名前を立井にくれたのだろう。調べを進めるうちに立井は、高木の少年時代の壮絶な過去に気がついていく。高木もまた、立井と同様、いや、立井以上に、悲劇の中を生き抜いてきた青年だったのだ。

 この世の中には、立井や高木のような、不遇な青年はどれほどいるのだろう。貧困にあえぎ、生活を困難とする若者たちはどう生きていけば良いのだろう。現代の問題をまっすぐ扱った内容に圧倒されてしまう。

 思いがけない展開にページをめくる手を止められない。このミステリーからは、不遇な青年たちの慟哭が聞こえてくる。心に突き刺さる衝撃と感動。あなたもこの社会派ミステリーをぜひとも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ

『僕が僕をやめる日』作品ページ