毒親に育てられ、男性に身体を売っていた作家・もちぎさん。彼の人生を救ったK先生との出会い

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/28

『あたいと他の愛』(もちぎ/文藝春秋)

 男性が男性に対して性サービスを提供する「ゲイ風俗」。そこで働く日々を描いたコミックエッセイ『ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。』(KADOKAWA)で、一躍人気作家の仲間入りを果たした〈もちぎ〉さん。その人気はますます拍車がかかっており、Twitterに投稿するマンガやツイートはしばしば万単位で“いいね”がつけられている。

 そんなもちぎさんによる、待望の新作が登場した。それが『あたいと他の愛』(文藝春秋)だ。

 全編がマンガで占められていたデビュー作とは異なり、本作は9割がテキストの完全エッセイ。そこで描かれているのは、もちぎさんの思春期だ。そしてそれが、とても壮絶なのである。

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 もちぎさんが自身のセクシュアリティに気づいたのは、7歳の頃。小学生の時に「男の先生と手を繋いで帰りたい」という淡い感情を抱いた。ところが、もちぎさんの母親は、彼に対して「キモ。(中略)近所の人に見られたら、あたしが困るねん」と言い放ったという。

 え、母親がなぜ……? ここでそう思う読者も少なくないだろう。そう、もちぎさんの母親は、いわゆる「毒親」なのである。デビュー作でも触れられていたが、彼女のもちぎさんへの仕打ちはあまりに酷い。テーブルで食事をさせない、ゴミ袋に包んで外に放り出す……。自身は働いても長続きせず、子育てを放棄している。

 しかし、本作の中心となるのは、そんな母親とのつらいエピソードではない。過酷な状況にいながらも、もちぎさんが得てきた「他者からの愛情」について綴られているのだ。

 鍵となるのは主に3人。高校でできた腐女子の友達・カナコ、初めてのゲイ友達・エイジ、そして、初恋の相手だったK先生。彼らはもちぎさんへたくさんの愛情を注いでくれた。なかでも、やはり印象に残るのはK先生と過ごした日々だ。

 出会いはもちぎさんが中学生の頃。自宅に居場所がなく、団地の隅で本を読んでいたもちぎさんに声をかけたのがK先生だった。彼はもちぎさんに、「学校に忍び込んで、図書館で本を読め」と勧める。ふつうならば、ここでもちぎさんを叱るなり、事情を聞いて母親と話をつけるなりするだろう。けれど、K先生は、もちぎさんに「いまできること」を説く。複雑な家庭環境をすぐに変えるのは難しい。だったら、図書館でもどこでもいい、とにかくもちぎさんが安心して過ごせる場所を見つける方が得策だ。K先生の選んだ方法は、行き場のないもちぎさんにとって、唯一の“救い”だったろう。

 以降も、先生らしくないK先生との交流は深まっていく。同時に、もちぎさんのなかで膨らんでいく、K先生への愛情。しかし、彼は妻帯者。もちぎさんは自分の想いを押し殺したまま中学校を卒業し、K先生とは疎遠になっていくのだ。

 本作ではその後、カナコやエイジとの出会いが描かれる。みんな問題を抱え、生きづらさを感じている人物だ。だからこそ他者の苦しみを理解する。もちろん、それはもちぎさんも同様。カナコやエイジの葛藤を知り、彼らは“愛情”で結ばれていく。

 そしてなにより、「あとがき」が感動的だ。そこではもちぎさんが本作を執筆するうえで、久しぶりにK先生と再会した日のことが綴られている。もちぎさんがどうしたのか。それに対して、K先生はどう受け止めたのか。ぜひ本作で確かめてもらいたい。ふたりの温かなやりとりを目にすれば、きっと泣いてしまうだろう。

 本作は、次の一文で締めくくられている。

“先生と出会えてよかった”

 とても簡素なメッセージだ。しかし、この一文に、もちぎさんのすべての想いが込められている。

 そして、そんなことが言える相手がいるということは、とても幸せなことなのかもしれないと思った。

文=五十嵐 大