バーの楽しみ方が変わる!お酒を介した「人と人との営み」を描く、珠玉のお酒マンガ『まどろみバーメイド』

マンガ

更新日:2019/12/18

『まどろみバーメイド』(早川パオ/芳文社)

 大人になり、初めてバーでお酒を飲んだときのことは、いまでも忘れられない。それまで居酒屋の安酒ばかり飲んでいたぼくは、知っているお酒のなかで最もオシャレだと思いこんでいたジントニックを恐る恐る注文した。周りにいるのは、いかにも常連で「緊張なんかしていませんよ?」という空気を漂わせる大人たち。もちろん、彼らが飲んでいるお酒の種類なんて、ぼくにわかるはずもなかった。正直、場違いだと萎縮していた。

 けれど、次の瞬間、ぼくはバーテンダーの動きに釘付けになっていた。氷の入ったタンブラーにライムを搾り、リキュールとトニックウォーターを注ぐ。バースプーンで軽くステアし、それがそっと目の前に差し出される。無駄な動きは一切なかった。そして、そこで飲んだジントニックは、それまで味わったことがないくらいおいしかった。

 そんなバーの雰囲気をそのまま落とし込んだマンガがある。『まどろみバーメイド』(早川パオ/芳文社)。本作は、移動式の屋台バーでバーテンダーを務める女性・月川雪(つきかわ・ゆき)の物語だ。

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 雪はバーテンダーとして、天賦の才能を持っている。彼女が作り出すカクテルは、誰もがうっとりするほど、そして「こんなの飲んだことがない」と驚くほどの味わいだ。しかも、ときには客の体調や雰囲気に合わせて、その作り方もアレンジしてしまう。無論、なかには彼女の作り方を「それは間違いだ」と指摘する客もいる。しかし、雪のカクテルを飲めば、それも一変する。彼女が作るカクテルは、どんな人をも唸らせる力を持っているのだ。

 また、本作の面白さは、多様な人間模様が描かれるところにもある。バーを訪れる客には、悩みを抱えている者も多い。彼らは雪にポツリポツリと愚痴や苦しさをこぼす。すると雪は、がんじがらめになってしまった彼らの心を溶かすような一杯を作り上げ、ささやかなアドバイスとともにそれを提供するのだ。

 そして、これこそがバーの楽しみ方の醍醐味ではないだろうか。酔うためにお酒を飲むのではなく、凝り固まった心を解すためにグラスを傾ける。そこにあるのは、バーテンダーと客、人と人との営みである。本作は、そんなバーの魅力を伝えてくれる、素晴らしい作品だ。

 多種多様なのは、雪の店を訪れる客だけではない。ホテルのバーに勤める騎帆(きほ)や、フレアバーテンダーの日代子(ひよこ)といった強烈な個性を持つバーテンダーたちも登場する。しかも、彼女たちは3人で共同生活を送っており、その日常はとても賑やか。というか、騒がしい。バーカウンターの向こうでは澄ました表情を見せるバーテンダーたちも、プライベートではふつうの女の子。それを垣間見られるのも、本作を読む楽しみだ。

 ちなみに本作は今年7月から実写でテレビドラマ化されたこともあり、目下、人気急上昇中。12月16日(月)には第6巻が発売されるので、年末年始のタイミングで一気読みすることをオススメしたい。

文=五十嵐 大