クール、情熱、風刺、癒しがごちゃ混ぜの、不思議な感動を味わえる教育コミック

コミック

2012/5/25

土星マンション (1)

ハード : PC/iPhone/iPad/Android 発売元 : 小学館
ジャンル:コミック 購入元:eBookJapan
著者名:岩岡ヒサエ 価格:432円

※最新の価格はストアでご確認ください。

読む人はきっと戸惑うに違いない。
「なんだこの作風は」
「この空気感をどう捉えればいいんだ」
そんな、奇妙な困惑を覚えることでしょう。

地球全体が自然保護区域となり、人類は地上で生活できなくなりました。そこで人は、地上35000メートルのはるか上空に「リングシステム」という輪っか状の巨大建造物を浮かべ、住むようになったのです。それは、まるで土星の形をしたマンションのよう。

リングの中は上層・中層・下層に分かれており、上層には富裕層が、下層には庶民が住みます。住環境など歴然の差があります。上層は快適で、下層は住みやすいとはいえない。所得差には抗えない。

物語は、主人公のミツが中学を卒業するところから始まります。家族はおらず、卒業と同時に働くことに。下層住民の職業選択肢は絶望的に少なく、ミツはリングの外側から窓を拭く「窓ふき職人」に。事故で亡くなった父と同じ職業で生きていくことを選ぶのでした。

SFファンが好みそうな独創的な設定ですが、近未来的なトンデモ事件や大冒険が起こるわけではありません。人間ドラマが淡々と描かれていきます。環境問題や階層社会問題にも特別立ち入りすぎることがなく、非常に冷静な視点で、いわば読者は傍観者すぎるくらい傍観者の立ち位置で、仕事に取り組みながら人間的に成長するミツの姿を追っていくことになるのです。

痛烈に皮肉を込めたり、熱くメッセージを叫んだりすることが十分できるはずなのに、本作ではそれをしない。
地上35000メートルの成層圏は、被曝状態になる強い紫外線とマイナス40度の冷気温、薄い大気と気圧という過酷な環境です。それらから身を守る厚い作業服を着ていたとしても、強烈に吹き荒れる風に煽られて、いつでも落下死の可能性がある。そんな仕事に従事しながらも、ミツは過度に失望したり、逆にオーバーポジティブになったりしない。ある意味、これでもかというくらいリアル感にあふれています。

淡々と描かれていながら熱さを感じ、痛烈な場面なのにほっこり感のあるタッチが癒しを呼ぶ、なんだかすごく不思議な感覚。そういえば、宮沢賢治の童話には、淡々と描かれながらも痛烈にメッセージが伝わってくる名作がたくさんありますが、なんだかそれに近いかも。お説教こそありませんが、教育コミックを冠してもよさそう。

2011年に「第15回文化庁メディア芸術祭」のマンガ部門で大賞を受賞したのも納得のクオリティです。


地上35000メートルに浮かぶリングシステム。この中に、人類が居住している

主人公・ミツが住むのは低所得者たちのリング下層。建造物の内部は薄暗い

事故で亡くなった父と同じ仕事を選ぶ。いつも父の存在がミツにつきまとう

リングシステムの窓ふきは、一見地味な作業ではあるが、落下死の危険と隣合わせの、命がけの仕事

リアルでハッとする目の前の現実。生命の危機と地球の美しさが同時に描かれる。あなたはこのシーンをどのように捉える? (C)岩岡ヒサエ/小学館