日常の美しさが被爆の残酷さを際立たせる傑作コミック
更新日:2015/10/9
夕凪の街、桜の国
ハード : PC/iPhone/iPad/Android | 発売元 : 双葉社 |
ジャンル:コミック | 購入元:電子貸本Renta! |
著者名:こうの史代 | 価格:315円 |
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「黒い雨」という映画があった。井伏鱒二の原作を今村昇平が映像化した作品で、広島の原爆投下と、被爆した人たちのその後を扱ったモノクロのフィルムだ。主演は田中好子。
原爆投下の灯の、凄惨な風景が衝撃的で、地に斃れた無数の死者たちと焼けただれ救いを求めて彷徨する人々の間を、怯え戦慄しながら安全な場所へむかって逃げる主人公たちの姿と、やっと舟に乗り我が家を目の前にした時、死の灰まじりの真っ黒な雨が田中好子の体を染めていくシーンが無残にも悲しかった。
また、被爆から数年後日常の中に戻った彼女は、しかしいつ原爆の後遺症が発症するかも知れぬ恐れに、内心、恐れつつ日々を暮らしていくのだった。
戦争と原子爆弾の怖さと非人間性を、同時に、被爆しつつそれでも生きなければならない人の人間性を、強く見るものの心に訴える映画である。
だが、多くの戦争映画、原子爆弾に関するドキュメンタリーがそうであるように、ここに展開する風景は、たとえば鼻歌を歌いながら洗濯にいそしむいまの私たちの日常のたたずまいや、コンビニでおにぎりを買って近くの公園でMPプレイヤーからEXILEを聴きながらパクつく気分と、かなりかけ離れているのも事実だ。
「夕凪の街 桜の国」には、私たちのそれと地続きの日常が息づいている。主人公の平野皆実は、淡い恋に落ち、雨漏りのする家でことさらな苦悩もなく眠りにつき、会社から裸足になって「おとみさん」を口ずさみながら家路をたどる。そうしてそんななにげない日々の中に、「この街はへんじゃ 誰もあのことがなかったかのようにふるまう」というわだかまりをしなやかに抱えてもいる。
いつの時代も変わらぬ穏やかでときめきのある日常のありさまが織り込まれ、いや血肉になって作品の中を流れることで、被爆の哀しみは数層倍の波と化して読むものの内面に消し去りようのないざわめきを起こすのだ。
皆実の歩く夕凪の時刻の空は高い。
表紙カバー 彼女の歩く街の空は高い
そぞろ歩きの家路は楽しい
この町の誰も「あのこと」にふれない
ほのかな恋が芽生え
好きな人ができても、お前はしあわせになってはいけないという声が聞こえる