夫が突然我が家に連れてきた「不審者」。呆然とする間に平和な家庭が崩れていく…!?

文芸・カルチャー

公開日:2019/12/28

『不審者』(伊岡瞬/集英社)

 かわり映えしない日常は幸せなはずなのに、時折少し物足りなく感じられることもある。「平凡」のくり返しから抜け出て、環境や自分をガラっと変えてみたくなったりするものだ。だが、『不審者』(伊岡瞬/集英社)を最後まで読み終わると、平凡こそが自分にとって一番の幸せなのだ…と実感するだろう。
 
 著者の伊岡氏は2005年に『いつか、虹の向こうへ』でデビューして以来、人間が持つ心の闇を巧みに描いた衝撃作を数多く世に送り出してきた。2014年に発刊された『代償』は、サイコパスである悪役を見事に描き切った話題作。動画配信サービス「Hulu」でドラマ化もされた。「後味の悪い話を生み出す天才」――作家としてそんな印象を持つ、魅力的な存在だ。そして、期待を裏切らないストーリー展開は本作『不審者』でも炸裂する。

■21年前に生き別れた義兄が突然、我が家に…

 主人公の折尾里佳子はフリーランスで働く校閲者。夫と幼稚園に通う5歳の息子と義母とともに、家族4人で暮らしていた。仕事と主婦業の兼務に追われる毎日は平凡だが、ささやかな幸せもきちんとある。

 そんなある日、里佳子は幼稚園のスタッフから、外遊びの時に息子が知らない男の人と話していたと聞かされる。近所では少し前に押し込み強盗事件が発生したばかりで、首を切られたハムスターの死骸や腐りかけた魚の内臓が個人宅の庭に投げ込まれる物騒な事件も発生していた。それらの犯人はまだ捕まっていない。そのため、スタッフの話を聞いた里佳子はわが子を守るために、目を光らせて日々を送ろうと決意した。

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 しかし、自分の夫がサプライズで家に招いた“異物”の登場によって、平穏だった家庭は大きく変わっていく。

 招かれた人物とは、両親の離婚により21年前に生き別れになった夫の兄・優平。里佳子から見れば義兄にあたる存在だ。優平は現在、起業家で独身だと名乗ったが、具体的な会社名や住所をはぐらかすばかりで、里佳子は彼に不信感を抱く。この男はいったい何が目的で、それにどうして今頃になって夫や私たち家族に近づいてきたのだろう…。

 そんな里佳子とは反対に、久しぶりの再会を喜ぶ夫。そんな夫の一存で、優平はやがて里佳子たちの家に居候をし始める。息子の洸太を馴れ馴れしく「洸ちゃん」と呼び、当初は息子本人だと認めなかった義母の懐にも上手く入り込む優平の姿は、里佳子にとって「不審者」として映った。

 優平が居候し始めてからというもの、周囲では次々と不可解なことが起こり始める。それになんだか里佳子にとっては周囲の人々がみな自分に対して隠し事をしているように感じ始めた。そして、物語はさらに――。

 ゾクっとする小説にはこれまで何度も出会ったことがあるが、本作は伊岡氏が紡ぐ一文一文に背筋が凍るようだ。優平という得体のしれない影が、自分の背後に迫ってくるような感覚にハラハラさせられてしまうのだ。果たして、突然現れた義兄の本当の姿や目的は何なのだろうか。

“自分はただ、ごく普通の平凡な暮らしがしたかっただけなのに。”

 里佳子の胸にこみ上げたこの想いに、本作のカギが隠されている。ストーリーはラスト1ページまで驚きの連続。きっとあなたも、衝撃の結末に思わず口をおさえてしまうだろう。

文=古川諭香