ダルビッシュとの交流も話題! パ・リーグの強さの秘密をデータと独自の視点で解き明かすプロウト評論家の新刊

スポーツ・科学

公開日:2019/12/30

『なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか(宝島社新書)』(宝島社)

 数ある2019年の野球関係本のなかでも、強烈なインパクトと売り上げを残したのが『セイバーメトリクスの落とし穴 マネー・ボールを超える野球論(光文社新書)』(光文社)であった。著者の「お股ニキ(@omatacom)」氏はさまざまなデータの分析と豊富な野球観戦で養った感性に基づいたコメントをツイッターで発信。人気アカウントになるとMLBで活躍するダルビッシュ有投手(カブス)とも交流が生まれ、彼に送ったアドバイスが有効活用されたことも話題に。今や2万9000人のフォロワーを持ち、新しい野球の見方を提供する「プロウト(プロの素人)評論家」として知られている。

 本書『なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか(宝島社新書)』(宝島社)は、そんな著者の新刊である。タイトル通り、メジャーリーガーを多数輩出し、近年、日本シリーズでも圧倒的強さを発揮しているプロ野球(NPB)のパ・リーグの特長に迫るのがテーマ。前作同様、多様なデータの分析と著者の視点でセパを比較している。そのほか、「リクエスト」や「申告敬遠」など近年の新ルールについても評している。

 前作同様、光るのは著者の明快で理解しやすい「解説力」だ。特にMLBで活躍する日本人ピッチャーの長所・短所解説とタイプ分類は圧巻。過不足のない裏付けデータの紹介と、実戦でのピッチングを観察した分析に基づく「解説」は、思わず「なるほど」と頷きたくなる内容である。分析、傾向、結果に基づいた、将来MLBでの活躍が期待される日本人投手予想もおもしろい。また、前作でも触れていた監督の「采配力」を考察するパートは、あるデータを用いて采配の数値化に挑む実験的内容で、今後、さらなる進化が期待できる見地であった。

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 書名にもなっているパ・リーグの特長についても、選手や戦略の比較はもちろん、使用する球場の違いや球団経営まで、時にツイッターで交流している野球マニアの力を借りながら幅広い視点で検証。特に主な選手の身長・体重の分布図は、シンプルな話ながらパ・リーグならではの傾向が見えて興味深い。そしてこの分布図からの考察が、「なぜ日本人メジャーリーガーにはパ出身者が多いのか」の回答にもつながっていく。

 著者は持論を展開するにあたり、セイバーメトリクスなど各種データをよく利用するが、データ至上主義者というわけではない。前作でも著者自身が主張しているように、一流選手や指導者の、分厚い経験で養われた感性に基づくプレーや采配も尊重している。いや、むしろデータが全てとばかりに数字・指標のみを妄信しているような野球批評には、嫌悪感すら抱いている。そのバランス感覚が「解説力」に結びついているのではないだろうか。

 今では日本でもセイバーメトリクスや動作解析などに基づいてプロ野球を分析する書籍や各種記事は多い。しかし、中にはそれこそ「数字・データ偏重」という「匂い」が伝わってきたり、図表や数字の洪水ばかりというものもある。客観的事実は記されているのだが、一般的な野球ファンにはなかなか響きにくそうな印象である。

 その点で、著者の分析に基づく「解説」は、「ツボ」の突き方や「さじ加減」が絶妙だ。ピックアップする分析対象やトレンド、解説ポイントは、「ある程度、野球を観ているファンであれば同感できるが、一歩踏み込んだ解説があまり普及していない」点を突いてくる。そして、その「踏み込み方」も、ただデータを羅列するのではなく、データを自身の視点で捉え、見えてきた客観的事実と著者の感性に基づいた考察を、バランスよく摺り合わせている。著者の支持が広がったのは、新しく鋭い視点もさることながら、一歩踏み込んだ点まで知りたい「ライトファン以上マニア未満」の野球好きの欲求に、伝え方も含めて的確に応えたことも要因のひとつに思える。著者は野球界出身でもマスコミ出身でもなく熱心な一野球ファンであった。だからこそ、その分厚い観戦の蓄積で、同好の士が知りたい「ツボ」や「さじ加減」を捉える「感性」が磨かれたのかもしれない。

 内容に差はあるだろうが、著者と同じようなレベルで野球を深く観ている専門家や記者、ライターがいないわけではないと思う。ただ、著者にはより「気が利く」伝え方があった(学術書・研究書の類いではなく新書なので当然なのかもしれないが)。2013年、MLB・パイレーツの躍進に貢献したデータ分析官、マイク・フィッツジェラルドは、ただ有効なデータがあればいいというわけではなく、その「示し方」が重要だと、データを選手が理解しやすい視覚情報へ加工することに注力した。また、ふだんから選手とコミュニケーションをとることにも気を配っていたという。少々大げさかもしれないが、そんなエピソードが脳裏に浮かぶ。

 そこにダルビッシュ投手のお墨付きという「信頼」が、著者の発信を後押しした。運がいいと言えばそれまでだが、それは現役のメジャーリーガーも興味をそそられる視点や分析の賜物。運も実力のうち、である。

 今や著者はダルビッシュ投手だけにとどまらず、他のプロ野球選手にもアドバイスをする存在となった。この先、著者は野球、野球界とどのように関わっていくのだろう。「プロウト評論家」として活動を深めていくのか。それともまた別の展開に広げていくのか。今後の動きにも注目である。

文=田澤健一郎