手話で交わる“私たちの世界”ーー聴覚障害者のヒロインとトリリンガル男子の物語『ゆびさきと恋々』

恋愛・結婚

更新日:2020/2/29

『ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)

 あの人と自分では、見てきた世界が違う。そうわかっているのに止められない恋心を胸に抱いてしまった時、人は自分の中に芽生えた想いとどう向き合えばいいのだろうか。切なさと期待を含んだ漫画『ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)は、そんな恋の問いを私たちに投げかけている。

■指先から始まる女子大生の純愛物語

“恋は この雪みたいに 音もなく降ってくるのかな 曇天の空から世界の色を変えながら”

 ページをめくると真っ先に飛び込んでくるこの冒頭には、憂いと期待が入り混じる本作の世界観が見事に表現されており、胸が熱くなる。

 女子大生の雪は聴覚障害者。周囲とは手話や筆談、スマートフォンを介してコミュニケーションを取っている。生まれつき耳が不自由な雪は、ずっと音のない世界で生きてきた。そんな彼女はある日、“高鳴る鼓動”という音に出会う。

advertisement

 きっかけは、電車の中で知らない外国人に道を聞かれたこと。困ってしまった雪を助けてくれたのは、同じ大学の先輩・逸臣。初対面の逸臣は、雪が聴覚障害であることを明かしても動じることなく自然に接してくれ、別れ際には「また」と、再会を期待するかのような台詞を投げかけてくれた。

 逸臣のことが気になった雪は友人・りんに相談。ひょんなことから逸臣のバイト先へ行くことに。その帰り、勇気を振りしぼって連絡先を聞くと、逸臣は雪の視点に立ちながら返事をしてくれた。

 海外でバックパッカーをしている逸臣はトリリンガル。その目にあらゆる世界を焼き付けている。音のない世界で生きてきた雪にはそれが眩しく思えたが、逆に逸臣は自分では知り得なかった雪の世界に興味を持っていた――。

 少女漫画のヒロインは魅力的な性格であることが多いが、その中でも雪は別格なように思う。なぜなら、生まれ持ったハンディキャップを受け入れつつ、目の前のことに全力で向き合おうとするピュアさが同性から見ても愛らしく思えてしまうからだ。読者はつい雪の背中を押したくなり、恋の行方を微笑ましく見守りたくなる。

 異なる世界で生きてきた2人はお互いの世界に触れながら、少しずつ自分の世界を広げていく。果たして指先から始まった恋は、どんな結末を迎えるのだろうか。

■知らない世界を知ろうとする勇気を持ちたくなる物語

 恋愛漫画の醍醐味。それはいかにキュンキュンできるかということ。糖度高めな本作は、その願望も満たしてくれる。例えば、雪にとって必要不可欠な“手話”という言葉を学ぼうとする逸臣の温かさとかっこよさは読者の心にも染み入ってくる。

 指先で紡がれる会話には、言葉以上の何かが込められているように思えてならない。

 また、本作に登場する雪の幼馴染・桜志も、“ときめき”を握るキーマン。

 逸臣とは違い、厳しさを含む手話を操る桜志は2人の仲をいぶかしげに見つめる。彼が今後、どう動くかもチェックしていきたい。

 自分とは違う個性や特性を持った人と関わるのには、勇気がいる。一歩踏み込むことで相手を不快にさせてしまわないだろうかと、臆病になってしまうこともあるだろう。だが、躊躇せず、自分の世界に入り込んできてくれる存在がいることで救われることは意外に多い。2人の姿を見ていると、知らない世界を知ろうとする勇気を自分も持ちたいと思わされる。

「障害」を壁ではなく、「知りたい世界」と捉えて踏み込んできてくれる逸臣の言動は雪を温かく包み込み、彼女の日常に“ときめき”という音を与える。

 丁寧な手話の描写が儚げな世界観を引き立ててくれる本作。逸臣と雪が紡ぐ世界を見ながら、自分の世界も広げてみてほしい。

文=古川諭香