愛の力で魔を討て! 春日山城を舞台に怨霊と戦う長編伝奇ロマン『破邪一睡の夢』

文芸・カルチャー

公開日:2020/1/16

『破邪一睡の夢』(北織聖健/伊藤印刷株式会社)

 永禄4(1561)年の越後。後に上杉謙信と名乗る政虎(まさとら)は、毘沙門天を深く崇拝し、清く強い武将として国を治めていた。しかし、政虎の治める越後に、想像だにしない恐るべき「魔の手」が忍び寄っており……。

『破邪一睡の夢』(北織聖健/伊藤印刷株式会社)は、戦国時代の越後に古代ギリシャの妖魔を絡ませた、異彩を放つ長編伝奇小説である。

 ――その年、越後の夏は終わらなかった。春日山城麓の集落では、幾人もの村人が失踪。その後、村人と酷似した石像が見つかる。さらに村の美しい娘が原因不明の物狂いになり……。それら全ての奇怪な出来事には、なんと、古代ギリシャの怪物・メデュウサが関わっていた。

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 とある「宿願」を果たすため、日本の越後にやってきたメデュウサ。彼女は見た者を石化するだけではなく、心の弱った人々に取り憑き操る怨霊として、越後を大混乱に陥れる。

 前代未聞の難敵に立ち向かうは、上杉政虎。そして、彼を敬愛する雪姫という美しき女性だ。雪姫は、出世欲の塊で私利私欲のためには家族をも殺し、温情をかけてくれた政虎を幾度も裏切った青葉実顕(あおば・さねあき)という男の娘である。心優しい雪姫は、そんな非道な父親が許せず、ひとり、政虎のもとへ身を寄せていた。

 政虎と雪姫は相思相愛の仲であったが、お互い毘沙門天に帰依する身。その愛は、深い精神性のみで繋がっていた。

 異界の怨霊・メデュウサは、己の宿願を果たすため、厚い信仰心と穢れなき愛を抱く政虎と雪姫を亡き者にしようとする。

 恐ろしき「魔」に狙われた二人の運命や、いかに――。

 本作は、政虎と雪姫を狙うメデュウサの謀略に、歴史的な出来事が絡み合っていくことで、物語がひときわ魅力的になっている。戦国ファンなら誰しも聞いたことがあるであろう、政虎の宿敵・武田信玄との一騎打ちが行われる第四回川中島の合戦では、メデュウサは武田信玄に取り憑き、政虎を殺さんと暗躍する。

 この合戦の臨場感だけでも魅力のある展開なのに、そこにメデュウサという「異物」が関わってくることで、本作は他の小説では読めない面白さを読者に与えてくれているのではないだろうか。

 時代小説ならではの熱い展開として忘れてはいけないのが、忍(しのび)対決。武将たちの合戦の裏で行われる、軒猿(上杉)と三ツ者(武田)のバトルも必見だ。

 さらに本作の一番のクライマックスは、メデュウサに支配され、怪城と化してしまった春日山城の奪還戦だろう。

 政虎をはじめとする精鋭部隊は、ケンタウロスやミノタウロス、アルゴス、ヒュドラやエキドナといった異国の化け物を相手に、越後を、ひいては日本を守るため、春日山城を奪還すべく立ち向かう。このラストのバトルは、映画のビッグスクリーンで観ることができたら、さぞ迫力のある映像になるだろう。

 ……と、ここまで戦いに焦点を当ててご紹介してきたが、この物語の魅力は、戦いの「異彩さ」だけではない。

 これは私の深読みかもしれないが……本作におけるメデュウサは、人間の欺瞞や欲望、怨みなどを具現化した存在で、それを愛の力で消し去り、醜い感情を浄化することの偉大さ、大切さこそ、著者が最も描きたかったテーマなのではないだろうか。

 大迫力の戦いに、深いテーマ。この冬、読者には異色の伝奇ロマンに夢中になってほしい。

文=雨野裾