血液型を決めるのは“糖コード”? 賢くておしゃべりな糖鎖の世界をいきいきと伝える入門書

暮らし

2020/1/19

『おしゃべりな糖』(笠井献一/岩波書店)

「腸は第二の脳」という説がある。腸には脳の神経細胞と同じ細胞が分布しており、他の臓器と“おしゃべり”することで連絡を取り合って、消化器官以上の働きをしていることから、そう言われるのだとか。ところがそういった臓器や、はたまた細胞どころか、分子レベルで人体において情報伝達を担う物質があることが分かってきた。その物質は「糖鎖」。本書『おしゃべりな糖』(笠井献一/岩波書店)は、糖鎖の「おしゃべりな」世界をいきいきと伝える入門書である。

 糖にもいろんな種類がある。身近なところでは砂糖や果糖などを連想するが、それらはエネルギー源として大切なものの、「おしゃべりではありません」と著者はいう。“おしゃべりな糖”とは何のことか。「小さな単糖がいくつもつながってできた分子の『糖鎖』それ自体のこと」と単純に区別できれば分かりやすいのに、例えばセルロースやでんぷんも糖鎖の仲間ながら、構造は単純かつ「無口」というから、ちょっと違う。本書で解説されている「おしゃべりな」糖鎖は、それこそ複雑な構造をしているうえ謎が多く、著者はその一部を英語の「glycocode」から「糖コード」と呼んでいる。

 私たち人間をはじめとした生物には、生命暗号が組み込まれていることを知っている人も多いだろう。代表的なものとしては、核酸とタンパク質がそうだ。リボ核酸(RNA)とデオキシリボ核酸(DNA)の総称である「核酸」は細胞の中に存在し、体の設計図たる遺伝情報とその伝達を担っている。タンパク質は、離れた細胞の間でも正しく連携プレーができるように、細胞内・細胞外の両方で活躍する。そして糖鎖もまた生命暗号を持ち情報伝達を担うのだが、働く場所はもっぱら細胞の外であり、核酸やタンパク質が1次元のバーコード的な構造なのに対して、糖鎖は「糖鎖と言わずに、糖枝とか糖樹とかよんだ方がイメージしやすいくらい」に複雑なため、著者はバーコードよりも情報を多く持てる「QRコード」にたとえている。

 そんな糖鎖は、作られ方も核酸やタンパク質とはかけ離れている。まず、設計図が無い。核酸やタンパク質は、遺伝情報により構造ががっちりと決まっていて、それゆえにオートメーションのごとく生産され、さらに工場での製品のように品質チェックもされている。ところが糖鎖は、遺伝子にもどこにも構造の情報が無く、品質チェックも受けないから、当たり前のように不揃いになるそうだ。そして作られる場所も独特で、細胞内の隔離された区画で作られる。

 では、その糖鎖が何をしているかというと、著者の弁によれば、「巨大で奥深い迷路」の「まだ入り口からほんの少しのところまでしかたどりつけていません」とのことだから、本書ですべてを知ることができないのがもどかしい。それでも分かってきていることとしては、血液型の違いが挙げられる。血液型は、赤血球表面の糖コードによって決まるそうで、人体に病原細菌やウイルスが感染したとしても型の違う血液が存在することにより人類の全滅を免れる仕掛けとなっている。また、病原体と戦い治安維持のために働く白血球は、異常のある場所に行くため血管内を移動するわけだが、現場にたどり着いたら血管内壁にしがみつかなければならず、それを可能にするのも糖鎖なのだ。

 糖鎖の研究は発展途上であり、かつ「食べたら頭が良くなる、病気が治るなど、ただちに実用に直結するような効き目はありません」とも著者は述べている。それでも本にして紹介するのは、読者に「研究のサポーターになってもらえれば、人類の明るい未来につながるでしょう」という強い想いがあればこそ。しかし、いずれ糖鎖が注目されるようになったらなったで、お金や名声を得るために、いい加減な情報が世間に流布する事態も考えられる。本書のコラムにも、豆類に多く含まれ糖鎖が関係するレクチンに関して、某テレビ局の健康番組が誤った情報を放送したことにより、多くの視聴者が体調を崩した事例が載っていた。どのくらい先か、あるいは遠くない未来なのか、糖鎖が健康情報で話題になった際に騙されないためにも、先んじて基本的な知識を学んでおくのが良いだろう。

文=清水銀嶺