元No.1キャバ嬢が鳥取の田舎キャバクラを経営する異色作『ヒマチの嬢王』――まるで推理小説を読むような濃密さ!

マンガ

公開日:2020/2/5

『ヒマチの嬢王』(茅原クレセ/小学館)

 男にとって最高の承認欲求を得られる場所、キャバクラ。気持ちよく酒に酔った男が高価なドンペリを注文し、きらびやかな衣装と化粧で美貌を演出したキャバ嬢がキャアキャア笑いながら金をせしめる。

 金と欲望が渦巻くキャバクラのイメージは決してよくない。しかし『ヒマチの嬢王』(茅原クレセ/小学館)を読むと、その先入観が少しずつ変わっていくだろう。

 ズバリ本作のテーマは、キャバクラ経営。鳥取県米子市朝日町の今にも潰れそうなキャバクラ店をもり立て、日本屈指の歓楽街・歌舞伎町を超える全国一番のお店を目指す物語なのだ。

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 主人公は、元No.1キャバ嬢のアヤネ。一条アヤネという源氏名で歌舞伎町に君臨し、「バースデー」とよばれる2日間の誕生日イベントで1億円を売り上げた伝説がある。

 しかしアヤネは歌舞伎町でキャバ嬢を続けることなく、なぜか鳥取県米子市の実家でのんびりしていた。それが本作の冒頭だ。家でだらしなくお菓子を食べる姿に、かつての面影はない。キャバ嬢を辞めたのはワケアリのようだ。

 所持金は5000円しかなく、母親から生活費5万円を納めるよう叱咤される情けなさ。さらに母親から、自身が朝日町で経営するスナックで働くよう説得される。

 背に腹は代えられないアヤネは、化粧をして接客ドレスで着飾り、夜の朝日町商店街に立つ。その姿は妖艶な美女でありながら、ただならぬ雰囲気が漂う。

 本作がすごいのはここからだ。商店街で道行く人を物色したアヤネは3人組の男性に声をかけ、母親のスナックへ連れてきた。そしてなんと、男性たちが高級酒ドンペリピンクを注文するのである。母親は血相を変えてアヤネを呼んだ。田舎の個人スナックに、ドンペリを払えるような客が来るわけない。ツケで逃げるかもしれない。そんな不安がよぎったのだ。

 母親の心配をヨソに、アヤネはニヤリと笑う。なんと彼らがパイロットだと見抜いた上で、店に連れてきたのだ。

まずは見て。あのYシャツのボタン。
全部光り方が違うでしょ? あれは白蝶貝って言って最高級のボタンよ。
それに、Yシャツの生地自体に光沢がある…
Yシャツだけでもゆうに3、4万円は使ってるわね。

 恐るべき観察力だ。さらにアヤネは、彼らがパイロットだと見抜いた決定打、時計について語り始める。

あれはロレックスのGMTマスターパイロットウォッチ。
他の国の時間が同時に把握できるの。
それに暗いスナックでも夜光が綺麗でしょ。
暗い中で時間を確認することがよくあるのかもね。
そして時計を何度もチラチラ見るクセがついてたわ。
普段スケジュールがよっぽど厳格なのね。
例えば、必ず定刻に着くよう行動しているとかね?

 恐るべき観察力だ…。キャバクラを題材にした漫画なのに、まるで推理小説を読んでいる気分。結局アヤネは、一晩で店の3カ月分の売上を叩きだした。これが歌舞伎町の元No.1キャバ嬢の実力である。

 キャバ嬢と聞くと、男性客と一緒にキャアキャアお酒を飲むイメージがあるが、実はもっと奥深い。彼女たちの本当の役割は、男性を気持ちよく飲ませること。そのために求められるのは、サービス業の中でも最高レベルの接客。だから彼女たちは日夜、男性が気に入るような話術や振る舞いを必死に研究している。

 さらに彼女たちは、お金持ちの男性を見抜いて自分の客にしなければ稼げない。アヤネのような観察眼が不可欠だ。きっとその能力も日夜磨いているのだろう。本作を読めば、キャバクラに対するイメージが少しずつ変わるはずだ。

 このあとアヤネは、あることをきっかけに、潰れそうなキャバクラの店長になる。ここでもアヤネはすさまじい活躍を見せるのだ。そのひとつに、一度来た客を再来店させる「顧客管理ノート」がある。

一度来たお客に来てもらうには、連絡先を交換したお客への電話やメールなどでアプローチすること。
すなわち「営業」が必要となってくる。
このノートはキャスト達からお客の情報を集めて、店に来る頻度でS級~D級とランク付けして…
連絡先から割り出せる限りSNSやHPから情報を集めまくって書いてあるわ。

 本作はただのキャバクラ漫画ではなく、金と欲望が渦巻くキャバクラの、裏側のヒリヒリする部分を描いた作品だ。恐るべし。

 もちろんストーリーとしても楽しみな部分がある。そこまでの実力を持ちながら、なぜアヤネは頑なにキャバ嬢をやろうとしないのか。歌舞伎町時代にどんなワケアリな過去があったのか。女性特有のドロドロした展開が待っているので、気に入った人はぜひ2巻以降も読んでみてほしい。

 とにかく夜の世界をここまで緻密に描いた作品はなかなか出会えないだろう。今後の展開が楽しみだ。

文=いのうえゆきひろ