「真犯人の遺体を隠した」――殺人鬼の告白に騒然! あなたは“本当に”この事件の真相を見抜けるか?

文芸・カルチャー

公開日:2020/2/6

『コープス・ハント』(下村敦史/ KADOKAWA)

 文章を書くとき、SNSの力を借りることは多い。たとえば、恋愛について記事を書くとき。検索欄に「恋愛」と打ち込むと、それにまつわる個人の意見がいくらでも読める。インタビューをするときも同様だ。検索をかけるだけで、対象者の経歴や仕事、周囲の評価や不祥事まで、あっというまにわかってしまう。SNSは、わたしたちの情報収集を便利にし、他人とのコンタクトを容易にした反面、広めたくないことでも瞬時に拡散するという危険をもたらした。便利な道具が、人を社会的に殺しもするのだ。

『コープス・ハント』(下村敦史/ KADOKAWA)に登場する刑事・折笠望美も、そんな道具を便利に使い、また鋭利な刃に刺されたひとりだ。

 望美は、とある連続殺人事件の捜査に関わっていた。が、捜査本部の考えとは別に任意同行した狡猾な被疑者に、「取調室で暴行を受けた」とSNSで訴えられて炎上、休職を余儀なくされている。

advertisement

 その日、望美がいたのは裁判所。望美が捜査結果に違和感を覚えている連続殺人事件の判決が言い渡されるのだ。被告人席に座るのは、美貌の猟奇殺人鬼、浅沼聖悟。黙秘を貫いてきた彼は、死刑判決が出た直後、傍聴席に向かって叫んだ。「俺は“思い出の場所”に真犯人の遺体を隠してきた。真犯人の遺体が欲しければ見つけてみろ。さあ、遺体捜しのはじまりだ」──。SNSのトレンドワード1位は“遺体捜し”。休職中の望美は単身、捜査に乗り出すことになる。

 そしてネット上には、もうひとりの登場人物がいた。中学生の福本宗太だ。

 宗太は中学校を休み、自室に引きこもっている。別にいじめられているわけではない。クラスに居場所を失くしただけだ。家の中でも、母とその再婚相手が夫婦然と会話をしており、ひとりだけ除け者にされているようで気分が悪い。宗太の居場所は、自分の部屋とネットだけだ。

 YouTuberとして活動する宗太は、試行錯誤しながら動画を撮っているものの、再生数はいまいちぱっとしなかった。思い悩む宗太のもとに、尊敬する人気YouTuber・にしやんからの誘いが届く。「夏休み、一緒に遺体捜しをしないか」。誘いに乗った宗太は、もうひとりのYouTuber・セイとともに、“遺体捜し”の冒険に出るのだが…。

 映画『スタンド・バイ・ミー』のようなシチュエーションに、それだけで胸が踊るという人は多いだろう。ノスタルジックなその興奮を今の時代に引き寄せるのは、「動画配信」「炎上」などのトピックだ。著者・下村敦史氏は、今まさに世間を動かし、問題視されているそれらを作中に巧みに取り入れ、その光と闇を見せながら、ひとまとまりのエンターテインメントに昇華させている。

 美貌の殺人鬼・浅沼の“思い出の場所”とはどこなのか。彼の言う“真犯人”とは? 事件を追う刑事・望美と、遺体を捜す少年たちが出会うとき、わたしたちが見ている世界は、思いもかけない奥行きを見せる──。

 ラストシーンで衝撃の真相が明かされる点も、“下村ミステリ”ならではだ。けれど、この作品の真のどんでん返しは、おそらくあなたの胸の中でこそ起こる。この作品を読んでなお、あなたはこれまで、どんな罪も犯さなかったと言えるだろうか?

 本書を手にしたあなたはきっと、“遺体捜し”の少年たちとともに、SNSの短文では味わえない「ミステリ小説を読む楽しみ」と、自分の心を捜す旅に出ることになる。本を閉じたあとに見えてくる、世界という名の森の深さを、ぜひとも味わってみてほしい。

文=三田ゆき