僕のことを毎日忘れる彼女と、毎日出会い、恋をして、そして突如訪れる衝撃の展開――純度100パーセントの恋愛小説

文芸・カルチャー

2020/2/20

『今夜、世界からこの恋が消えても』(一条岬/メディアワークス文庫/KADOKAWA)

 無色透明な日々を送る高校2年生の”僕”こと神谷透。クラスメイトを苛めから庇うため、一度も話しかけたことのない同級生の美少女に嘘の告白をする破目に。

 彼女、日野真織は「私のことを本当に好きにならないこと」という奇妙な条件を出した上で、その告白を受け入れる。かくして偽りの恋がはじまるが、いつしか僕は真織に恋心を抱いてしまう。そんな僕に彼女は告げる。

「病気なんだ私。前向性健忘って言って、夜眠ると忘れちゃうの。一日にあったこと、全部」

 佐野徹夜、北川恵海、星奏なつめ、斜線堂有紀ら唯一無二の個性を放つ作家たちが受賞してきた電撃小説大賞内の〈メディアワークス文庫賞〉。本年度、第26回の応募総数4607作品の中から本賞に輝いた純度100パーセントの恋愛小説『今夜、世界からこの恋が消えても』(一条岬/メディアワークス文庫/KADOKAWA)が刊行される。

 前向性健忘――。

 それは新しい記憶を蓄積できなくなる脳の障害を指す。事故によってこの障害を負ってしまった真織は、前日の記憶を保っていることができない。つまり、透のことを毎日忘れてしまうのだった。欠かさずにつけている日記を読むことで前日にあったことを”復習”し、記憶障害であることを周囲にはひた隠しにしてきた真織。しかし透の真剣な想いにふれて、その秘密を明かしてしまう。

 真織にとって透は、毎日初めて出会う人。透にとって真織は、毎日会うたびに好きになっていく人。

 2人の関係は1日ごとにリセットされ、共に日々を積み重ねていくことができない。思い出も記憶も共有できない。それでも、いや、だからこそ、彼らは毎日を精いっぱい生き、恋をする。

 パンクした自転車を修理して2人乗りする。図書館デートをする。絵を描くことが好きだった真織に、再びペンをとることを透は提案する。

 このように、真織のしたいことをひとつひとつ透は叶えていく。誰かを好きになることで、無色透明だった日々に色がつき、真織を支えることによって複雑な家庭環境にある彼自身も、家族と向きあう強さを獲得していく。

 一方、透があまりにも優しいので真織はだんだん不安になる。

 もしや彼は、私が前向性健忘であることに気づいたのではないだろうか? それでこんなにも労わってくれているのではないだろうか…と。

 そんな2人を見つめる第3の主人公が、真織の親友の綿矢泉だ。真織の障害も、それを透が受け入れていることも、傍らにいる泉はすべて知っている。最初は透を警戒していた泉だが、お互いに真織を大切にしたいという思いから、ふしぎな連帯関係を結んでいく。

 終盤に差しかかろうとする頃に、登場人物も、読者をも驚愕させる出来事が起こる。それによって事態は急転回する。それまでは透と真織の視点から語られていた物語が泉の視点に切り替わり、この恋を着地点へと導く。

 恋人を憶えていることのできない真織と、恋人に毎日忘れ去られてしまう透。

 それでもこの人を愛そうと決めた2人にとって最良の、おそらくこれしかなかったであろう結末はハッピーエンドなのか、それともサッドエンドなのか。あなた自身の目と心で見届けてみてほしい。

文=皆川ちか

『今夜、世界からこの恋が消えても』作品ページ