「三億円事件」最重要被疑者のカギを握るゲイボーイ…昭和のミステリーを揺るがす新証言録

社会

公開日:2020/2/17

『キツネ目の男はいなかった 昭和10大ミステリー新証言録』(別冊宝島編集部:編/宝島社)

 平成が終わり、もうすぐ1年経とうとしている。私たちの中にも「令和」という元号が染みついてきた。しかし、時代が変わろうとも忘れられない歴史や事件がある。特に昭和という時代は印象深い出来事が多かった。『キツネ目の男はいなかった 昭和10大ミステリー新証言録』(別冊宝島編集部:編/宝島社)は、そんな昭和史を改めて振り返りる1冊だ。
 
 本書は新証言や新資料を基に、昭和の10大事件の謎とその裏にある真実に迫る。歴史の波間に漂い続ける「玉手箱」を開けると、どんな事実が見えてくるのだろうか?

■「三億円事件」最重要被疑者の背後にはゲイボーイの存在が――

 昭和史を振り返る時に必ず話題にのぼるのが、「三億円事件」。1968年に発生したこの事件は、白バイ警官に扮した若い男が、東芝府中工場従業員のボーナス約3億円を輸送中のセドリックに近づき、「爆弾が仕掛けられている」と警告。退避した銀行員らを尻目に、車ごと奪って逃走した。すでに時効成立しており、20世紀最大の未解決事件として今もなお語り継がれている。

 この三億円事件は、白いヘルメットを被った犯人のモンタージュ写真が印象的だ。これは事件発生から11日目という比較的早い段階で公開された。だが、時効成立後になって、この写真が実は三億円事件前に事故で死去した、ある工員男性の顔写真をほとんどそのまま無断使用したものであったことが明らかとなった。男性には銃刀法違反での逮捕歴があり、その際撮影された写真であったという。犯人を逮捕するための写真が、解決においてはミスリードの原因になっていたのかもしれない…。

advertisement

 こうした新証言を多数盛り込みつつ、本書は新しい犯人説も公開する。事件の最初から最後まで捜査本部にマークされていたという「少年S」の背後に見える“黒い影”にも言及している。

 その少年Sは、事件の5日後に自宅で青酸カリをあおり、自殺した。本書ではSのアリバイを唯一知っていたというゲイボーイKの疑惑を深掘りする。Kに直接取材を行ったという回想記の生々しさには、読んでいて鳥肌が立つだろう。未完の事件に浮かぶ新犯人説に、あなたもきっと引き込まれるはずだ。

■メディアリテラシーの是非を問いかける「イエスの方舟事件」

 1980年、日本中のメディアからバッシングを浴びた信仰集団「イエスの方舟(はこぶね)」の事件には、インターネットやSNSが普及した今こそ心がけたい教訓が盛り込まれている。

 これは宗教家・千石剛賢氏のもとに、家庭の悩みを抱える若い女性らが身を寄せ、共同生活を送っていたことがメディアを通じて大バッシングされたという出来事。マスコミは、千石氏が若い女性を洗脳してハーレム生活を送っているのではと疑い、「ハーレム教団」と報道し続けた。そんな中で独自の報道姿勢を貫いていたのが『サンデー毎日』。他社とは違い、女性たちの家出理由などを冷静に千石氏に聞くという取材スタンスを取った。

 警察はその後、千石氏と幹部に対して暴力行為などの容疑で逮捕状を取った。千石氏は狭心症のため入院したが、その後、自ら出頭した。逮捕とはならず、任意捜査後に釈放され、書類送検はされたものの翌年には不起訴処分となった。

 これを機に報道は急速に鎮静化したが、一方的に「ハーレム教団」と報じられたことによる千石氏の心労は計り知れない。それは本書に掲載されている、後に語られた千石氏のメディアに対する想いからも見てとれる。

 SNSが普及した現代では、個人でも簡単に他者を貶めるような発言をすることができるようになった。だからこそ、「メディアリテラシー」が問われている。疑わしきは罰せず…という方針を貫くと、ときに「地下鉄サリン事件」のような凄惨な出来事の予兆を看過してしまう可能性があるが、疑わしいからといって叩く姿勢では第2の「イエスの方舟事件」を生み出してしまう危険性もあるのだ。私たちはこうした現実を頭に置きながら、言葉を選ばねばならない。この事件には、そんな教訓が込められているようにも思える。

 他にも本書では、グリコ・森永事件の犯人似顔絵に酷似しているということで話題となった作家・宮崎学氏へのインタビューを通して「キツネ目の男」の正体に迫ったり、学生運動のクライマックスとして語られることが多い「あさま山荘事件」を取材したカメラマンの記録を公開したりしている。

 昭和当時の緊迫感が生々しく伝わってくる新事実の数々。そこには現代にも通じる社会問題が色濃く映し出されている。

文=古川諭香