戦国武将は何を食べていた? 再現して食べてみると「まずい!」

文芸・カルチャー

2020/2/23

『戦国、まずい飯!』(黒澤はゆま/集英社)

 歴史小説や時代劇などには、登場人物たちがメシを食っているシーンがよく出てくる。池波正太郎の時代小説の食事場面がどれもおいしそうなのは有名だが、描かれているのは、社会が安定し、流通も発達、食文化が花開いた江戸時代の話だ。
 
 では、もっと過酷で殺伐としていた戦国時代、武士たちはどんな食事をしていたのだろうか? このテーマを深く探求したのが『戦国、まずい飯!』(黒澤はゆま/集英社)である。著者は、代表作に『劉邦の宦官』(双葉社)や『九度山秘録』(河出書房新社)などがある歴史小説家。そして、この本の最大の特色は、さまざまな文献から戦国の武士たちがなにを食べていたのかを探るだけでなく、可能な限り著者みずからそれを再現して食べてみたことである。

大河ドラマに憧れて再現してみたものの…

 著者は小学生時代に、NHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』で、渡辺謙扮する伊達政宗がお椀から湯漬けを豪快にかきこんでいるシーンを見て、自分も食べてみたいと母親にねだったという。これが、著者の歴史と食への関心の第一歩だったようだ。だが、湯漬けとは、ご飯にお湯をかけただけのもの。案の定、実際に食べてみた結果は、「正直、食えたもんじゃない」というものであった。

 この体験が証明しているように、おおむね戦国時代の食事は現代人の味覚からするとまずい。それでも、体をはって体験しようとするところが本書の読みどころである。

 たとえば、日本で白米が一般的になるのは江戸時代に入ってからのことだ。それまで庶民や雑兵は赤米と呼ばれる赤い米を食べていた。豊臣秀吉の朝鮮出兵中に日本を訪れた朝鮮通信使はこの赤米を食べ、日記に「蓋し稲米の最悪の者なり」と記している。そこで著者は苦労して安土桃山時代の赤米に近いと思われる品種を入手し、それを五分搗(づ)きで食べてみる。その感想は、

「味は別に、飲み下せないほどではない。ただ、淡泊で、食感はもそもそしている。口のなかの水分をどんどん吸い取られる感じ。美味しくないというより、つまらないと言うほうが正しい気がする」

というもの。しかも、どんなおかずにもあわないという。そのあと人力でしっかり精米したところ、それなりに食べられるようになったが、精米には12時間もかかったそうだ。

 これ以外にも、真田信之が武田家が没落して逃亡する際に口にしたという雑草のスギナ、戦国時代の携帯食である干し飯、関ヶ原の合戦の際に徳川家康が家臣たちに命じて食べさせた生米を水に浸したものなどを、著者はみずから材料を求め、調理し、試食している。そして、その結果はたいてい「まずい!」というものであった。

戦国時代のグルメは現代人の舌にあうのか?

 なかには、戦国時代のインスタントスープである芋がら縄や、小田原の陣で高山右近、蒲生氏郷、細川忠興が食べたという牛肉料理(パエリア説と味噌すき焼き説がある)など、いまの感覚でもおいしいと感じるものもあるらしいが、それらは“例外”のようだ。やはり、戦国時代の人々にとって食は楽しむためのものではなく、今日一日を生き抜くための必需品以上でも以下でもなかったのだろう。

 とはいえ、もちろん戦国時代の武将にも、「おいしい・まずい」の感覚がなかったわけではない。本書に紹介されている織田信長のエピソードがそれを物語っている。天正元(1573)年に信長が三好家を滅ぼした際、三好家に仕えていた料理人の坪内某という者が織田軍の捕虜となった。信長が坪内に料理を作らせてみたところ、まずくて食べられたものではなく、この坪内は殺されそうになる。しかし、もう一度チャンスをくれといって作り直した料理に信長は大満足をしたという。

 このとき坪内が言った言葉が「昨夜は三好家風に、第一等の料理を出したのですが、御意にかないませんでした。それで、今日は野卑で田舎風の塩梅(あんばい)にしたのです。料理としては三等ですが、お気に召されたようでございました」というもの。
 
 ――この大胆な発言をした坪内某が、その後どうなったかはわかっていない。

文=奈落一騎/バーネット