「DDTを買ってもらえませんか?」DDTプロレスリング・高木大社長の“超・経営論”

ビジネス

公開日:2020/3/1

『年商500万円の弱小プロレス団体が上場企業のグループ入りするまで』(高木三四郎/徳間書店)

 2017年9月、衝撃的なニュースがプロレス界を賑わせた。「株式会社サイバーエージェントが、株式会社DDTプロレスリングの発行済株式の全株式を取得」――。大企業のグループ入りを称賛するファンもいれば不安を抱くファンもいたが、程なくしてサイバーエージェントが出資するインターネットテレビ「AbemaTV」での試合中継が始まり、DDTは世間に広くプロレスを届けることに成功した。

 それでもなお、DDTの行く末を心配する人がいるとしたら、“大社長”こと高木三四郎社長の著書『年商500万円の弱小プロレス団体が上場企業のグループ入りするまで』(徳間書店)を読むことを強く勧めたい。

 本書によると、サイバーエージェントにM&Aを持ちかけたのはDDTサイドだった。M&Aから約半年前の2017年3月20日、DDTプロレスリング旗揚げ20周年大会「Judgement 2017」がさいたまスーパーアリーナ・メインアリーナで開催された。しかし1万人のキャパに対し、観客動員数は5000~6000人。大社長自身、50代直前で限界を感じていたところもあり、どこに明るい未来があるのか見出せなくなってしまったという。

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 しかしそこで落ち込んでばかりいる大社長ではない。「大会社と一緒にやるのがいいんじゃないか」というアドバイスを受け、知人を通じてサイバーエージェントの藤田晋社長にアポを取り、「DDTの株を買ってもらえませんか?」と直談判。初対面から1か月で正式契約となった。このスピード感がなんともDDTらしく、またサイバーエージェントらしさでもあるのだろう。

 藤田社長は業務外でも熱心にプロレスを研究しているという。本書に収録されている大社長との対談の中で、こう話す。「DDTのプロレスって、良質な舞台を見たような面白さがあるんですよ。とかくプロレスっていうと、『格闘技と比べて、ガチじゃない』とかそういう話になりがちじゃないですか。でも、DDTのプロレスは、そんなことを超越しているというか、きちんと考えつくされた舞台なんですよ」――。

“DDTのプロレス”とは、どういうものなのだろうか。本書にはその歴史と魅力が詰まっている。

試合をしている選手の動きが、スローモーションになる理由

 2004年10月、DDTは「マッスル」旗揚げ戦を開催した。「マッスル」とは、言ってしまえば「ハッスル」のパクリ。大社長がマッスル坂井に「『ハッスル』と似たようなことをやれよ」と言ったのがきっかけで始まった。「マッスル」の画期的演出として、「試合をしている選手の動きが、突然、スローモーションになる」というものがある。

 なぜスローモーションになるのか? 大社長から問われたマッスル坂井は、サラリと言ったという。「感動的なシーンを見たら、みんなスローモーションに見えるじゃないですか。だから、そう見えただけですよ」――。この発想、天才としか思えない。そして大社長は、“天才を見抜く天才”だ。男色ディーノ、飯伏幸太、ケニー・オメガ、竹下幸之介、伊藤麻希、大家健……。DDTは日本一バラエティに富んだ天才発掘団体なのだ。

「横一列で見てもらったら困る」棚橋発言

 2015年8月、DDT両国大会に新日本プロレスの棚橋弘至が出場。DDTのエース・HARASHIMAと戦い、勝利した。しかし試合後、「横一列で見てもらったら困るんだよ」と激怒。一方、HARASHIMAのコメントは、「棚橋選手は強かったです」という実に素直なものだった。大社長は「棚橋選手のコメントは、優位性を象徴する感じ。動物でいうところのマウンティングにも通ずるもの」と分析する。

優位性を声高にいうのって、その裏付けであるブランド力とかがあれば簡単なことだと思うんですが、僕らは違う。旗揚げから掲げていた「文化系プロレス」っていう部分で、まず、いろんなものへのリスペクトから入っていって、そこの文化を尊重するっていう方向性がありましたから。

 棚橋はケニー・オメガ(※かつてDDTに所属)の新日本プロレス時代、「ケニーのプロレスはどこか違うんだ」とも話していた。「あれは何を指して『違う』と思ったんでしょうか?」と問うインタビュアーに、大社長は「特に考え方ですかね」と答える。

誤解を恐れずに言えば、新日本のプロレスって、「新日本のリングで行われる、新日本のスタイルこそ最強」っていう思想なんですよ。(中略)でもDDTは、いろいろなものを取り入れて育ってきた文化で、相手のいいものは、いいものとして取り入れてきたわけなんで。そこの差でしょうね。

 大社長自身、「どちらが正しいかはわからない」と言っているが、どちらも正しいのだろうと思う。「新日本こそ最強」という思想こそが新日本を新日本たらしめ、「いいものは取り入れよう」という柔軟な発想こそがDDTをDDTたらしめているのだ。

青木真也というアンチテーゼ

 2018年より、総合格闘家の青木真也がDDTにレギュラー参戦している。青木真也というビッグネームは話題を呼んだが、強い格闘家が必ずしもいい試合をするとは限らないのがプロレス。当初、DDTファンからあまり受け入れられなかった。大社長は青木の存在について、いまのプロレス界に対する「一つのアンチテーゼ」であると話す。

今のプロレスは、いい試合をするということが、お客さんにとっても、選手にとっても、団体関係者にとっても、当たり前みたいになっている。でも僕は、本当に必要なのは勝ち負けだと思っています。勝った・負けた、強い・弱いっていうのは、プロレスには絶対なくちゃダメ。(中略)本当は『秒殺』で終わっちゃってもいいんじゃないのかっていうのが僕のなかにあるわけですよ。青木さんも、そういうバランス感覚を持っている人だと思うんです。

“エンタメ路線”といわれる団体が、勝敗や強さに最もこだわる。そこにはDDTの美学がある。エンタメ路線を貫けるのは、本筋をしっかり踏まえているから。大社長も「そうでないと説得力がない」と話す。

プロレスは「大衆文化」

 最後に、本書のインタビュアー・原彬氏が、DDTという団体について実に的確な分析をしている。「DDTは、プロレスをより身近に、みんなのものにしたと思います。見るための垣根を低くしたし、選手になるための垣根も低くしている。メキシコのルチャ・リブレみたいに、より大衆文化としてのプロレスを世間に気付かせたのではないかと」――。この分析に、大社長は我が意を得たり。プロレスは大衆文化であり、高尚なものであってはいけない。一般大衆が楽しめるものでなければいけないと話す。

新日本プロレスはショービジネス化に成功している。それならDDTは、大衆文化としてのプロレスのいいところを残しつつ、他団体にはない新たなステージに上がっていきたい。そのために目指すは東京ドーム。今度は大勢のお客さんを入れて、スポーツライクであり、喜怒哀楽というショー的要素にも溢れたプロレスを、たっぷり楽しんでもらいますよ!

 現在のプロレスブームは、「新日本一強」とも言われる。しかし日本には、魅力溢れるプロレス団体が本当に数多く存在する。団体の数だけ歴史があり、思想があり、夢がある。本書はDDTという団体を通して、プロレスの多様性と可能性を感じられる一冊だ。

文=尾崎ムギ子