うんちは毎日出す必要なし!? 「下剤依存症」になる前に知っておきたい便秘のこと

健康・美容

公開日:2020/3/3

『知っておきたい腹痛の正体』(松生恒夫/筑摩書房)

 読者は毎日“快腸”な日々を過ごせているだろうか? ストレス社会を生きる現代人の中には、ストレスで下痢をしたり、ひどい便秘でトイレに長居したり、両方を繰り返して常に胃腸薬を服用する人が少なくない。

『知っておきたい腹痛の正体』(松生恒夫/筑摩書房)は、そんな現代人に胃腸との正しい付き合い方を指南する。著者は、松島病院大腸肛門病センター診療部長を経て、松生クリニックを開業した医師の松生恒夫さん。自身のクリニックで「便秘外来」を設け、お腹の不調に悩む患者さんを日頃から診察している。

 松生さんは本書で驚きの指摘をしている。ひどい便秘に苦しみ、下剤を大量に飲んで便秘を解消しようとする「下剤依存症」という病症があるというのだ。これは松生さんが独自に名付けて提唱したもので、胃腸に対する知識が乏しいことで引き起こされるという。

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■糖質制限ダイエットは便秘の原因になりうる

 まず考えたいのが、便秘の定義だ。便秘と聞くと「その日にうんちが出なかったり、少量しか出なかったりする状態」を思い浮かべる。しかし「慢性便秘症診療ガイドライン2017」の定義によれば、「本来体外に排出すべき糞便を十分かつ快適に排出できない状態」とされている。

 逆にいえば、排便が2~3日に1回あって自覚症状が特になければ、医学的に便秘といえないそうだ。毎日うんちを出さなきゃ! と強迫的に考えている人は、もっと気軽にうんちと向き合ってほしい。

 しかし中には、腹部膨満感や残便感といった不快な自覚症状に悩まされ、慢性の便秘(排便障害)に苦しんでいる人もいる。彼らが慢性の便秘になってしまう原因は様々あり、そのひとつに「安易なダイエット」がある。

 糖質制限ダイエットは今や世間に知れ渡ったダイエット法だ。主食である穀物を減らすことで短期的に体重減を実現できる。ところが穀物の炭水化物には“便のもと”になる食物繊維が含まれており、糖質制限ダイエットをすればするほど、便秘が起きやすくなる。

 本書で松生さんは、20~40代の女性ほど便秘に悩まされている傾向にあり、欠食やダイエットが便秘を引き起こす原因になっていることを指摘。そしてこのように述べている。

これまで順調な排便があった人は、1日でも排便がないと気持ち悪いということで、安易に市販の下剤を服用してしまいがちです。実際、現在では、近くのドラッグストアや通販でも、下剤は簡単に手に入ります。こうして、「下剤依存症」におちいってしまうケースが増えているのです。

■下剤に精神的に依存する

 便秘に悩む女性の中には、排便が満足にできなかったために、安易に下剤を飲んでしまうことがある。そこで服用をやめられたらいいのだが、便秘が続くとまた飲んでしまう。そのまま下剤を常用すると、人によっては効力が弱くなることを感じて、少しずつ量を増やしてしまうケースが起こる。

 当たり前だが下剤の服用を続けると腸本来の機能が落ちる。そのうち下剤を飲まないと排便できないようになり、排便できないことが辛くなり、排便のために下剤を飲むようになる。また、「明日も排便できなければどうしよう」という不安感が生まれ、下剤の服用量がどんどん増えていき、ついに精神的な依存が始まる。

 松生さんの便秘外来には、1日に20~100錠の下剤を服用し、自分でコントロールできなくなって診療所にやってくる患者さんもいるそうだ。薬物依存に似た恐ろしい話である。

■一過性の便秘に下剤は必要なし

 松生さんは、安易な下剤の服用を考え直すよう指摘するだけでなく、「とにかく排便して経過を診よう」と下剤を処方してしまう医療機関にも苦言を呈している。松生さんの怒りにも似た主張がこれだ。

身体が本来持っている機能を正常化させようとする発想が、まったくないのです。

 先ほど述べたように、うんちは毎日無理に出す必要がない。松生さんによると、旅行など環境が変わることで起きる「一過性の便秘」は、エキストラバージン・オリーブオイルや植物性乳酸菌などを積極的に摂って、“自然に”解消する努力をしよう。安易なダイエットをしている人は、規則正しく食事を摂ったり適量の主食を食べたりするだけで効果てきめんだそうだ。

 どうしても下剤に頼るときは、酸化マグネシウム製剤から服用を開始するとよいそうだ(ただし腎機能障害がある人は要注意)。下剤のうち、アントラキノン系下剤を毎日服用していると、大腸粘膜が黒く変色する「大腸メラノーシス」になり、大腸の状態がさらに悪化する可能性がある。それでも便秘が続くときは、消化器官を専門とする医師に診てもらおう。

 本書は、現代人に胃腸との正しい付き合い方を指南する1冊だ。便秘に過敏になっている人はぜひ読んでほしい。また、本稿では割愛したが、松生さんは下痢や胃の不調についても解説している。

 本書を読んで感じるのは、私たちはネットの普及によって「一部の知識」を「すべての知識」と勘違いして、安易に薬を服用していることだ。もしくは薬に頼ることばかり考えて、なぜ胃腸に痛みが走ったり胃腸が不調になったりするのか、原因をあまり考えようとしないことだ。

 本書が解き明かす「腹痛の正体」に、安易でお手軽な解決法はない。身体が本来持っている機能を正常化させるために、じっくりとお腹と付き合っていこう。そんな当たり前で正しい提案をしている。健康とはコツコツと積み上げるものであり、その積み重ねによって元気な老後を迎えられるのではないか。

 もしお腹に悩みを抱えているときは、手に持った薬剤を一度置いて、この本をじっくりと読んでみてほしい。

文=いのうえゆきひろ