最愛の妻の元カレが我が家にやってきて…!? 本屋大賞2位の『ひと』や『まち』で人気の小野寺史宜が織りなす初の短編集『今日も町の隅で』

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/1

『今日も町の隅で』(小野寺史宜/KADOKAWA)

 小野寺史宜さんの書く小説はすべて、同じ地平で繋がっている。出てくる土地の名前が単に共通しているから、ではない。同じ電車に乗り合わせた名前も知らない人々は、自分とかかわりのない場所であたりまえに日常を紡ぎ、無数の人生を描いている。誰しも一度は思いを馳せたことがあるであろうその不思議さを、物語を通じて描いているのだ。初の短編集となる『今日も町の隅で』(KADOKAWA)は、まさにそういう小説だった。

 主人公は11歳から42歳までの、「みつば」という町に生きる人々だ(片見里、という地名もときどき登場していて、どちらもこれまでの作品で描かれている町だ)。空気の読めない転校生のせいでクラスメートから浮いてしまい、小学校に行けなくなった女の子。両親の離婚で転校する同級生と、最初で最後のデートをする男子高生。落選続きでうだつのあがらない作家志望のアルバイトが、1万円を拾って届ける話。短編であるがゆえに、そのひとつひとつはこれまでの作品以上にとてもささやかだ。その一瞬で、人生が劇的に変わることもない。けれどささやかなりに、個人的なドラマティックさに満ちている。

 個人的に好きだったのは「ハグは十五秒」。かつて両親が離婚したことから、最愛の妻といずれ自分も離婚してしまうのではないかと不安を抱える主人公。唐突に「泊めてほしい」とやってきた、妙に律儀な妻の元カレに心揺さぶられる彼が、最後に元カレと自分を比較してこんなことを思う。

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〈特にやりたいこともなく、ただ無難にやってきた。それだけのことかもしれない。(略)だとしても、それでいい。ぼくはその運を手放したくない〉。

 すごくいいな、と思った。無難に、誠実に、一歩ずつ。そこに面白みはないかもしれないけれど、積み重ねで得たものを、最大の幸せだと思えることが。

「カートおじさん」では、コンビニでパートをする主人公が、息子がおかした万引きと重ねて、小学生の男の子を見逃す。黙って、ではなくて、「レジを通してね。お願いね」と囁いて。優しさというより、甘さかもしれない。けれど、ありがとうとかごめんなさいとかも含めて、ほんのひと声かけるだけでいい方向に変わるものもあるのだと信じられるその描き方が、好きだった。

「何者にもなれない自分に落ち込むこともありますけど、逆に、これまで何者かになれた人なんているんでしょうかね」と、以前取材したとき、小野寺さんは言っていた。

 本屋大賞2位となった『ひと』をはじめ、小野寺さんみずから「あらすじだけ聞いたらすごくつまらなそうなんですよ」と語る著作たちが読む人の心を打つのは、凡庸さに光を見出しているからではないだろうか。

 世の中にはどちらかというと、わりを食っているように感じている人の方が多い。でもたぶん、きらきらし続けているように見える人たちもみんな同じで、等身大に悩み、どうあがいても自分は自分にしかなれない現実に戸惑いながらも自分なりにかけがえのない瞬間を拾い集めて生きている。そんな人生を優しく肯定してくれるから、小野寺さんの小説は沁みるのだ。

文=立花もも