芸能人の不倫、他人の言動が許せない「正義中毒」に陥っていませんか? 暴走する正義感から解放されるには

社会

更新日:2020/3/2

『人は、なぜ他人を許せないのか?』(中野信子/アスコム)

 世の中には「許せない」ことが溢れている。

 もう数年前のことになるが、男性アイドルとの交際を“匂わせた”モデルのSNSが大炎上して、破局にまで追い込まれたという噂があった。当時、興味本位でモデルのSNSを覗いてみると、すでにアカウントは放置状態。最後の投稿には数百件以上の誹謗中傷が書きこまれていた。

 男性アイドルのファンからすれば、“匂わせ彼女”が憎いのも分からなくはない。しかし“ゴミ”“疫病神”“ババア”…悪意に満ちた書き込みを振り返ると、最近よく問題として取り上げられる「あおり運転」の恐怖に似ているような気がする。歯止めを失った怒りが、たったひとりの人間を潰しにかかってきているような。

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 こうした炎上騒ぎを、どこか醒めた目で見ている人も多いことだろう。しかしそんな人でも、これらの問題はまったくの他人事、とは言えないのだ。

 脳科学者の中野信子氏が上梓した『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)は、人間であれば誰しもが抱えうる「許せない」感情のメカニズムを解説した1冊である。本書によると、人はいともたやすく「許せない」を暴走させる脳を持っているのだという。

芸能人の不倫スキャンダルが「許せない」

 生きていれば「許せない」と思うことはいくらでもある。しかし現実では社会的な立場や人間関係のしがらみにより、その感情をそのまま誰かにぶつける機会は少ない。そんな「許せない」を分かりやすく可視化したのが“SNS”である。

 たとえば芸能人の不倫スキャンダルや飲食店のアルバイト店員が投稿した悪ふざけ動画など、SNSには“叩ける”情報が連日溢れている。人の脳は「わかりやすい失態」をさらす攻撃対象を見つけると罰せずにはいられなくなり、自らの「正義」で叩くことで快楽を覚えるのだという。

「ひどいやつだ、許せない! こんなやつはひどい目に遭うべきだ、社会から排除されるべきだ」と心の内でつぶやきながら、テレビやネットニュースを見て、自分には直接の関係はないのに、さらなる情報を求めたり、ネットやSNSに過激な意見を書き込んだりする行為。これこそ、正義中毒と言えるものです。(p.122)

 当事者と関係があるわけでも、自分が不利益を被るわけでもないのに「許せない」。この正義に溺れた状態を、本書では「正義中毒」と表現している。

 誰かを叩くのは快感だから、病みつきになる。つまり誰もが「許せない」を暴走させて、正義中毒に陥る可能性は高いのだ。

人間の脳は誰かと対立するようにできている

 そもそも、自分とは違う誰かを叩くことに悦びを感じる人間の脳は、「誰かと対立することが自然」だそうだ。ここで本書にあったケースをひとつ紹介したい。

 あえて国名はふせるが、著者がスポーツバーでサッカーの国際試合を観戦していると、一方のチームが失点する度に喜ぶ外国人たちがいた。この試合に彼らの国のチームが出ているわけではない。悪意があったかはともかく、彼らは“自分と異なって理解できない”と思う国のチームに攻撃的な態度を見せていたのである。

 彼らのなかには、じつは個人では友好的な気持ちを持っている人もいたかもしれない。しかし対立というのは、ひとつの集団になるともっと大きな力を持つ。「同調圧力」といって、集団のなかでは少数派の人たちは強制的に多数派に従わざるをえない状況になりやすいのだ。

 これらのように、私たちは「許せない」感情を抱くことも、誰かと対立することも、人間である以上はどうしようもない。しかし「許せない自分」に自己嫌悪したり、攻撃してから後悔したりする人も多いという。

 そこで脳の仕組みを知ることは、無意味な争いに参加して消耗したり、誰かを傷つけたりすることなく、もっと穏やかに生きていけるヒントにつながるかもしれない。まず自分が抱いた感情を理解することが大切なのだ。

 テレビやインターネットでは、毎日のように誰かの「許せない」が流れてくる。しかしそれは本当に「自分の許せないこと」だろうか?

「許せない自分」から解放されるヒントを、本書で探してみてはどうだろう。

文=ひがしあや