家族を次々に失った女子高生の謎めいた過去……。美貌の奥に隠した真実とは?

文芸・カルチャー

2020/2/29

『涼子点景1964』(森谷明子/双葉社)

 東京オリンピック開催まであと数ヶ月。何やら思わぬ暗雲が立ち込めつつもあるが、いざ始まればお祭り好き、スポーツ好きには最高のひと時になるだろう。だが、国民全体の熱狂度はというと、前回の東京オリンピック――1964年のそれとは比べ物にはならないようだ。『涼子点景1964』(森谷明子/双葉社)の物語は、前回の東京オリンピックが始まる寸前、興奮のるつぼと化していた新宿の片隅から始まる。

 第一章「健太」で語られるのは、商店街でのちょっとした万引き騒ぎだ。事件と呼ぶのもはばかられるほどの小さな出来事だが、思わぬ濡れ衣を着せられた小学生の健太にとっては、オリンピック気分も吹っ飛ぶ一大事だった。

 そんな健太に救いの手を差し伸べてくれたのは、美人だけど愛想のない女子高生・小野田涼子。彼女は、年に似合わぬ冷静な状況分析力を発揮し、あっという間に事態を収拾してしまう。

 第二章「幸一」では、そんな涼子に興味を持った健太の兄・幸一が、ほんの好奇心から謎めいた彼女の素性を調べ始め、その身の上が妙に怪しいことに気づく。

 涼子は、幸一の小学生時代の同級生だった。だが、そうと気づけなかったのは、今の涼子にかつての面影がまったくなかったから。小学生の涼子は貧乏な家の一人娘で、いつも薄汚れた古着姿で登校し、クラスに溶け込もうともしない孤独な子供だった。だが、今は一流の私学に通い、大きなお屋敷に住んでいる。たった数年の空白期間に、なにがあったのか。さらに、幸一は涼子の父が数年前に謎の失踪を遂げ、母も涼子の側にいないことを知り……。

 以降、第七章まで、涼子の住む久我家で働く使用人や高校の同級生など、さまざまな立場から涼子に関わった人々の視点で「謎の女子高生」の姿が語られていく。

 涼子の背景が明らかになっていく過程で、私の頭にふと浮かんできたのが『妖子』という古い少女漫画だった。あの漫画も、謎めいた孤児が上流家庭に拾われ、その美貌と知恵でサバイバルしていくというストーリーだ。ただし、あちらはホラー・サスペンス。ゆえに、妖子は魔女的な力を持ったダークヒーローとして描かれている。

 だが、涼子は違う。しばしば謎めいた行動を見せるとはいえ、常に弱者へのいたわりを忘れず、自分を拾い上げてくれた久我龍一郎に献身的に尽くす、ティーンネイジャーとは思えないほど高潔な人格を見せる。

 だからこそ、一層引き込まれる。一体、彼女はどんな人生をたどってきたのだろうか、と。

 各章にちりばめられた涼子の人生を巡るミステリーは、最終章で涼子本人の手によって語られ、真相が暴かれていく。だが、涼子は決して逃げない。たとえ、家族の悲劇を呼び覚ます結果になろうとも。

 過去に何があっても、己を見失わず、人を踏みつけにせず、優しさを忘れない。涼子の凛乎たる生き様は、利己主義が蔓延する世の中だからこそ、宝石のように輝いて見える。

 人の美しさとは何か。そんなことを考えさせてくれる清々しいミステリーだ。

文=門賀美央子