名物テレビ記者とベテラン刑事が10年前の未解決事件の真相に迫る! 今野敏のスクープシリーズ『アンカー』

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/3

『アンカー』(今野敏/集英社文庫)

 2018年にデビュー40周年を迎え、ますます精力的に多くの作品を発表している人気作家の今野敏さん。期待を裏切らない圧倒的なエンタメ性は多くのミステリファンから愛され、数多くの作品がドラマ化されている。

 各社でさまざまなシリーズを続けてくれているのはファンにはうれしいことだが、ついうっかり見逃したらもったいない。このほど、独自の嗅覚でスクープをものにする名物記者・布施と執念のベテラン刑事・黒田の活躍を描く「スクープシリーズ」の第4弾『アンカー』(集英社文庫)が文庫化したので要チェックだ。

 視聴率の低迷が目立つ報道番組「ニュースイレブン」の現場に、ある日、テコ入れ策として関西からサブデスクの栃本が送り込まれる。「ワイドショーのような発想で視聴率を取ってもよし!」と現場を揺さぶる栃本と、あくまでも報道の理念を説くデスクの鳩村との間に密かな対立が起こる中、番組の名物記者・布施は10年前に起きた未解決の大学生刺殺事件に関心を寄せる。

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 両親はいまだに情報提供のビラを配り続け、退職金で報奨金を出そうともしているのだった。折しもこの事件の継続捜査は、入念な捜査で多くの実績をあげる警視庁特命捜査対策室の刑事・黒田が担当することになるが、いざ捜査を始めてみれば謎は深まるばかり。一方、「何か」が引っかかる布施は、「報道は公平性が大事だ。ひとりの遺族をクローズアップはできない」と鳩村に釘を刺されても取材を続ける…。

 累計で50万部を突破する人気の「スクープシリーズ」はこれまでに3作が文庫化されており、4作目となる本作でも布施と黒田は大活躍。中でも今回は布施が所属するテレビ報道番組のデスク・鳩村の視点に重点がおかれ、「メディアのあり方」という大きなテーマが軸になっていく。

 ネット全盛の現在、速報性ではネットに劣るテレビの報道番組に求められるものとは何なのか。テレビはどうしても「視聴率重視」にならざるをえないが、「報道」として守らなければいけないことは何なのか――。迷いながらも鳩村はそうした問いを自分、そして現場に常に投げかけ、理想とする「報道番組」を模索する。だが、変化の激しい中で「理念」だけを振りかざしても現場は硬直する一方。飄々とした風情でそんな雰囲気に風穴を開け、記者のカンで自由に動き回る布施の存在がなんとも頼もしい。

 もちろんベテラン刑事・黒田の活躍も見逃せない。部下の谷口と共に相変わらず地道な捜査を重ね、手がかりゼロから少しずつ前進していくのは安定感があるが、記者の布施に触発されて事件が動くイレギュラーな展開にもワクワクする。

 今野さんといえば警察小説をイメージされる方も多いかもしれないが、実はジャーナリズムを学ぶ上智大学新聞学科卒。こうした「メディア」を描くのは得意分野なのか、警察とマスコミの微妙な関係を巧みに利用して「できる男たち」の人間ドラマに仕立てるのも見事なら、未解決事件と「報道のあり方の是非」という骨太なテーマが絡む展開も意欲的だ。

 そんな今野さんの多彩な魅力を味わえる1冊は、今回も一気読み必至だろう。

文=荒井理恵