エロ漫画に関わる人々の生き様をリアルに描いた異色の作品『あーとかうーしか言えない』

マンガ

公開日:2020/3/7

『あーとかうーしか言えない』(近藤笑真/小学館)

 数ある漫画の中で、成人漫画、つまりエロ漫画は異色なジャンルに入るはずだ。ラブコメでもアクションでもホラーでも、どんなジャンルであっても読者は絵の上手さ、設定、ストーリー、そして魅力的なキャラクターを求める。ギャグ漫画になると多少の絵の乱雑さが許されることもある。

 ところがエロ漫画は違う。とにかく実用性。どれだけ興味をひく設定であっても、行為に大半のページを割いていることが暗黙の了解。好きな人に告白しただけでカラダを許してしまう“強引な流れ”であっても、実用性が読者の求める基準に達していればまったく問題ナシ。

 反対にどんな素晴らしいストーリーを描いても、実用性がなければエロである意味がない。エロとして価値がない。だから作品同士の比較がしやすく、エロ漫画ファンたちの目はみんな肥えている。よくある紋切り型の作品じゃ通用しない。自分の奥底に眠る作家性を存分に紙面にぶつけて、はじめて通用する世界だ。

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 エロ漫画と聞くと、どうしても他のジャンルと比べて劣るように感じがちだが、創造性という土俵ではどのジャンルにも負けていない。

 これらは『あーとかうーしか言えない』(近藤笑真/小学館)を読んで理解したことだ。本作は、エロ漫画家を目指して上京した戸田セーコと、成人漫画雑誌『X+C』の編集者であるタナカカツミが、お互いに切磋琢磨しながら成長していく物語(余談だが『X+C』は「エクスタシー」と読む)。

 ポイントは、戸田が頭の中で言葉を思い浮かべるのが遅くて、「あー」とか「うー」という言葉が先に口をついて出てしまうことだ。

 この個性は学生生活に大きく影響した。クラスメイトから「あーちゃん」と呼ばれたり、「あえぎ声みたい」と馬鹿にされたり、辛いことがたくさん心に募っていった。その心にたまった“淀み”を吐き出す手段が、戸田にとってはエロ漫画であり、上京を決意した理由だった。

 だから戸田は自身の作品に強くこだわる。成人漫画家の中には、実用性に奉仕する人と、自分の描きたい世界を優先する人がいて、戸田は明らかに後者。エロを通じて、心を揺さぶる何かを伝えたい。

 そのせいで編集者のタナカとぶつかったり、ライバル作家と勝負して悔し涙を流したり、不器用に振る舞う場面も多い。けれどもこういった人間臭い場面があるからこそ、戸田の人間として成長する場面で胸が熱くなるし、ちょっとした冗談話にキャラクターの深みを感じてしまう。

 一言で表現すれば、本作は成人漫画に関わる人々のリアリティを描いている。エロ漫画で生きる人々の生き様を純粋に描く作品なのだ(エロ漫画の世界をテーマにしているので、野暮だが「多少はエロい」という表現も付け加える)。これだけ人間臭くて、キャラクターに感情移入できて、じっくりと読ませる漫画を久しぶりに見た気がする。

一定水準を超えた作品に優劣はないさ。

 これは本作に登場する編集者の言葉だ。ネット上では、自分の好きな作品や嫌いな作品を様々な言葉で評価する人が後を絶たない。けれども本当は、時代やジャンルに関係なく、素晴らしい作品は文句なく素晴らしい。自分の好みを問答無用で他人に押し付けるのは、野暮そのもの。本作を読むと少しだけ大人になれるので、エロ漫画をテーマにしているのになかなか不思議だ。

 続く第2巻では、成人漫画家たちの登竜門、コミックマーケットに戸田とタナカが参加する。同人誌を中心に創作物を売買するコミケは、短編で勝負することの多い成人漫画家たちの貴重な収入源でもある。だから食えない作家は、本業である漫画雑誌の仕事をほったらかしにして、コミケ用の作品に没頭することもしばしば。

 戸田はコミケに参加してどんな経験を得るのか。どんな成長を遂げるのか。2月19日には第3巻が発売され、ますます今後の展開が気になるところだ。

文=いのうえゆきひろ