子どもを産むのは親のエゴ? パートナーなしの出産を芥川賞作家・川上未映子が描く、2020年本屋大賞ノミネート作!

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/7

『夏物語』(川上未映子/文藝春秋)

 人は、なぜ子どもを産むのだろう。「子どもが欲しい」という思いはどこから来るのか。そこに、生まれてくる側の意思などないのに──。

 2020年本屋大賞にノミネートされた『夏物語』(川上未映子/文藝春秋)は、「人が生まれ、生きること」に正面から向き合った長編小説だ。物語は芥川賞受賞作『乳と卵』を再構築した第一部、その8年後から始まる第二部の二部構成。どちらも夏目夏子という女性を通して、「生」そのものを描いている。

 第一部では、東京でアルバイトをしながら小説を書く夏子のもとに、姉の巻子とその娘・緑子が泊まりにやってきた数日間の出来事が描かれる。大阪でホステスをしている39歳の巻子が上京したのは、豊胸手術を受けるため。12歳の緑子は、母と一切口をきかず、日記に心情を綴っている。早く大人になって働きづめの母親を助けたいと思いながらも、第二次性徴の発現にともなう体の変化、出産により子どもを持つことに違和を感じる緑子。「人間は、卵子と精子、みんながもうそれを、あわせることをやめたらええと思う」──「生むこと」に対する緑子のこうした疑念は、作品全体のテーマにも関わっている。

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 第二部になると、30歳だった夏子は38歳に。小説家としてデビューしたもののなかなか新作が書けず、年齢もあって「いつかわたしは、子どもを産むのだろうか」「自分の子どもに会ってみたい」と考えるようになっていた。そんな中、夏子が出合ったのが、夫以外の第三者から精子提供を受ける人工授精法「AID」。パートナーがおらず、セックスに抵抗がある夏子はAIDに大きな可能性を感じ、憑かれたように精子バンクについて調べ、セミナーに参加し始める。

 そのさなか、夏子は多くの人々と会い、それぞれの意見を耳にする。AIDで生を受け、自分の父親が誰かわからないことに苦しむ逢沢潤。「子どもをつくるのに男の性欲にかかわる必要なんかない」と、夏子を励ますシングルマザーの作家・遊佐リカ。「子どもが欲しいなんて、なぜそんな凡庸なことを言うの」と夏子を責める独身編集者・仙川涼子。そして、AIDによって生まれ、育ての父から性的虐待を受けてきた善百合子は、「子どものことを考えて、子どもを生んだ親なんて、この世界にひとりもいない」「一度生まれたら、生まれなかったことにはできない」と主張する。さまざまな立場の人物による多様な見解が示され、「あなたはどう思う?」と常に問いを突き付けてくる。

 やがて夏子は決断を下すが、それは彼女の選択であり、絶対的な“正”でも“善”でもない。夏子自身も「間違うことを選ぼうと思います」と述べ、その決断がどんな未来につながるのかは次の世代に委ねられていく。

「女は結婚し、子どもを産むもの」という社会通念は過去のものになり、子どもは主体的に「つくる」時代になった。その中で、私たちはどのように生き、どのように死へ向かっていくのか。8月の強烈な陽射しが、生と死のありようを陰影深く浮かび上がらせている。

文=野本由起