【本屋大賞ノミネート】史上空前の読書体験! ユタの力を手に入れた女医の医療×ミステリー×ファンタジー『ムゲンのi』

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/8

『ムゲンのi』(知念実希人/双葉社)

 医療ミステリーとファンタジーの世界が融合した「新感覚」の物語が今大きな話題を集めている。それは、『ムゲンのi』(知念実希人/双葉社)。累計14万部突破。2020年本屋大賞にもノミネートされ、読書メーター読みたい本ランキング(2019年11月24日〜12月23日)では1位を獲得した作品だ。

 作者の知念実希人氏といえば、坂口健太郎主演で映画化される『仮面病棟』や本屋大賞2019にノミネートされた『ひとつむぎの手』などの著作で知られるミステリー作家だ。現役の医師として培った医療知識をミステリーの世界に巧みに融合させた作風は「新感覚」と評されることが多いが、最新刊『ムゲンのi』は、医療知識とミステリーの世界に、さらにファンタジーを加え、読む人を今まで味わったことのない読書体験へといざなっていく。

 確かに知念氏は今までも、ゴールデンレトリバーの姿になった「死神」を描いた「優しい死神の飼い方」シリーズで、「死神が愛くるしい動物の姿をしている」というファンタジー要素を医療ミステリーと見事に融合させていた。本作では、さらにファンタジー要素を強め、ユタとしての能力を得た主人公の女医が患者たちの夢の世界へと飛び込み、病気を治していく姿を描く。

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 主人公は、神経精神研究所附属病院に勤務する女医・識名愛衣。彼女は、担当する患者の病の治療に悩んでいた。その病とは、特発性嗜眠症候群、通称「イレス」。長時間のレム睡眠を継続し、そのまま延々と昏睡状態を継続するというこの病は全世界で400例ほどしか報告がない奇病であり、治療法も確立していない。

 だが、東京で4人の男女がこの「イレス」に罹患し、4人すべてが愛衣の病院へと入院してきたのだ。かつて、沖縄でユタとして不思議な力で悪霊を祓い、病気を治していたという祖母に相談すると、祖母は、愛衣にユタとしての力を授けた。愛衣は祖母から受け継いだ能力を使って患者の夢の世界に飛び込み、魂の分身〈うさぎ猫のククル〉とともに、魂の救済〈マブイグミ〉に挑むことになる。だが、愛衣も患者たちと同様に心に深い傷を負っている。23年前の事件。失ったものの大きさ…。患者と向き合うことで愛衣はその傷と向き合い、確かに成長していくのだ。

 夢の世界に飛び込むとはいえ、患者の病を治すのに必要なのは、医療知識だ。患者たちはそれぞれ心に深い傷を負い、それが原因で目覚めることができないでいる。その傷の原因を探りながら、愛衣は、患者の心を癒していくのだ。患者が体験した事件の背景にある病を明らかにしていく姿は、優れた「診断力」をもつ女医の活躍を描いた知念氏の大人気シリーズ「天久鷹央」シリーズを彷彿とさせる。知念氏自身が「命を削り、魂を込めて書き上げた私の最高傑作です」とこの本を形容した通り、この物語は、今までの知念氏の作品の集大成といっても過言ではないかもしれない。

 物語の世界に引き込まれ、愛衣とともに患者たちの夢幻の世界を体感しているうちにあっという間にページが進んでいく。下巻も中盤に差し掛かったところで、突然大きな謎が。私は最後の最後まで騙されていたということなのか。大どんでん返しに度肝を抜かれたのは、私だけではないはずだ。そして、最後まで読み切れば、心に感動の渦が広がる。自分の心の傷と向き合い、突き進んでいく主人公。その主人公を支える家族や仲間からの愛情。医療・ミステリー・ファンタジーの3つの世界が融合したこの作品をぜひともあなたも体感してみてほしい。今までにない読書体験があなたを待っている。

文=アサトーミナミ