みずほ銀行19年の苦闘…開発費4000億円以上“IT業界のサグラダファミリア”完成までの歴史

ビジネス

更新日:2021/8/24

『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』(山端宏実、岡部一詩、中田敦、大和田尚孝、谷島宜之/日経BP社)

 みずほフィナンシャルグループ(以降、みずほFG)が長年にわたって進めてきた、みずほ銀行における「勘定系システム」の刷新と統合プロジェクトが2019年7月に完了した。これはIT業界関係者ならば大きなニュースだったはずだ。

 勘定系システムとは預金や融資、振り込みなどをつかさどる、銀行にとって最も重要な情報システム。いわば銀行業務の本丸である。

 みずほ銀行はこの勘定系システムの刷新と統合に大苦戦してきた。旧第一勧業銀行、旧富士銀行、旧日本興業銀行の経営統合による「みずほホールディングス(現みずほFG)」が設立されてウンヌンの話は、ヤヤコシイから置いておこう。

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 とにかく、みずほFGは、1980年代に構築した勘定系システムが老朽化していること、さらに経営統合したことを機に、およそ19年前から勘定系システムを刷新・統合しようと計画を立ててきた。

 ところが刷新と統合以前に、前述の三行の勘定系システムを「リレーコンピューター」と呼ぶ仕組みでつなごうとして大失敗。2002年4月に大規模なシステム障害を引き起こしている。さらに2011年3月には、東日本大震災による義援金の大量振込処理に失敗して、二度目の大規模システム障害を引き起こした。

 このほかみずほ銀行は、何度もATM利用を計画的に停止してきた。みずほ銀行ユーザーは「またATMが使えないのか!」とプンプンしていただろう。

 投じた予算も想像をゆうに超えてくる。なんと銀行業界のシステム開発プロジェクトとして異例の4000億円半ばを投じたといわれており、東京スカイツリーの総事業費が約650億円であることを考えれば、スカイツリー約7本分という途方もない金額をかけたことになる。

 あまりの事態に、口の悪いIT関係者はみずほFGの体たらくをこう皮肉った。「IT業界のサグラダファミリア」と…。

 なぜみずほ銀行はここまで勘定系システムの刷新と統合に苦戦したのか。その謎に迫るのが『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』(山端宏実、岡部一詩、中田敦、大和田尚孝、谷島宜之/日経BP社)である。

 本書は勘定系システムに関する記述が何度も出てくるので、ITに関する用語や知識を理解していないと内容把握が難しいかもしれない。しかしたとえITの知識がなくても目に留まって「ふーむ」と唸るポイントがいくつかある。

 かつて銀行は、私たちから預金としてお金をたくさん集め、それを個人や企業に貸すことで利子を受け取り、利益を上げてきた。これをリテール業務という。しかし企業の資金調達の主流が、株式や債券の発行になって以降、リテール業務の重要性はどんどん薄れていった。

 リテール業務によって利益を上げていた頃は、勘定系システムの刷新こそ重要なプロジェクトだった。しかし企業の資金調達の手段が変化して以降、銀行にとってリテール業務の重要度は下がっていき、同時に勘定系システム刷新への投資意欲も低下する。

 さらにもうひとつ、前述のようにみずほFGは三行の経営統合によって誕生したため、ある問題が生じる。三行の勘定系システムのうち、どれを使用して、どのように刷新と統合をするかだ。みずほFGは経営統合当初から刷新と統合の計画を立てていたが、リテール業務の需要が減るにつれて優先度が下がっていき、遅々として進まなかった。それから時間が過ぎ、気がつけば1980年代に構築した勘定系システムの全貌を知る者は一人もいなくなった。この異常事態は、大きなツケとして払うことになる。

 東日本大震災による大量の義援金の振込処理ができず、勘定系システムがパンクしたのだ。システムの復旧にもかなりの時間を要した。果たしてこれは技術者が悪いのだろうか。いいや、そんなはずがない。本書でもこのように記されている。

「このシステム障害は、経営の失敗そのものだ」

 リテール業務の需要低下を理由に、いつまでも本格的に刷新と統合を進めなかったみずほFG経営陣が招いたシステム障害だった。

 残念ながら本書に記されていることは対岸の火事ではない。日本企業のほとんどは「西暦2000年問題」などを解決するため、基幹系システムの構築に走った。それから20年が過ぎたいま、多くの企業がいまだ当時のままの基幹系システムを使い続けている。

 基幹系システムは稼働期間20年を超えると非常に危険な状態になるという。経済産業省は、21年以上稼働し続けている基幹系システムの比率が2025年に60%を超えるのではないかと警戒を強め、この問題を「2025年の崖」と名付けた。

 みずほFGは、老朽化した勘定系システムを使い続けて二度の大規模なシステム障害を引き起こし、19年の歳月とスカイツリー7本分を投じて解決するハメになった。これを笑える企業がいま、どれくらいあるだろう?

 IT業界のサグラダファミリアの完成は、日本企業に対する警告でもある。2025年に崖から落ちないためにも、私たちは今一度この大ニュースを噛みしめる必要があるだろう。

文=いのうえゆきひろ