「2020本屋大賞」受賞! 凪良ゆうの魅力を編集者と書店員が語りつくす!

文芸・カルチャー

2020/4/7

 去る1月31日に、渋谷・大盛堂書店で開催されたイベント「渋谷の書店員3人による2019年下半期文芸書ベスト3と、小説家・凪良ゆうさんについて語る。」。2019年下半期を彩った文芸書について、山本亮(大盛堂書店・司会)、勝間準(MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店)、竹田勇生(紀伊國屋書店西武渋谷店)が語りつくす同イベントでは、2019年を代表する作家として3人がイチオシする凪良ゆうの編集担当も登壇し、もりあがった。8月に刊行され、「吉川英治文学新人賞」にノミネート、「本屋大賞」を受賞した『流浪の月』、12月に刊行された『わたしの美しい庭』について語りあった一部をご紹介。

■発売前からの驚くべき書店員の反応とは?『流浪の月』刊行秘話

――『流浪の月』は発売前から書店員さんを中心に話題になっていて。刊行に至った経緯をおうかがいしたいのですが。

桂島浩輔(『流浪の月』担当編集、以下桂島)神さまのビオトープ』を読んで、本当に素晴らしいと思いまして。僕はダントツに第一話が好きで、変な読み方かも知れませんが、幽霊が出てくるにもかかわらず、幽霊自体には恐怖の所在がない怪奇小説として読んだんですよ。「先輩もそうですよね」と主人公が言われるシーンが、いやで。この「いや」というのはもちろんいい意味で、幽霊以上に人間がいやだと感じるものを書いてみせるなんて、この作家さんは素晴らしいなと思ったんですね。

【『神さまのビオトープ』あらすじ】うる波は、事故死した夫「鹿野くん」の幽霊と一緒に暮らしている。彼の存在は秘密にしていたが、大学の後輩で恋人どうしの佐々と千花に知られてしまう。うる波が事実を打ち明けて程なく佐々は不審な死を遂げる。遺された千花が秘匿するある事情とは? 機械の親友を持つ少年、小さな子どもを一途に愛する青年など、密やかな愛情がこぼれ落ちる瞬間をとらえた4編の救済の物語。

――(笑)。

桂島 もちろん最後まで読んでもおもしろかったんですが、第一話のそのセリフが出てきた段階で、この方に新作を依頼しようと決めました。それも文庫書き下ろしじゃなくて、単行本で刊行したい、と。それだけの勝負ができる方だと思ったんです。後日、実際に戴いたプロットを拝読したら、これもまた怖い側面を含んだ内容で、実に素晴らしかった(笑)。最終的に戴いた長編原稿は根本的にプロットを刷新したものになっていましたが、文句ない仕上がりでした。

『流浪の月』は、ラストに力強さがあるところも素晴らしいと思いました。あれをバッドエンドととらえる方もいらっしゃるようで、それはきっと安住を求める気持ちの強い方だと思うんです。しかし、主人公がみずから流浪を選びとるラストは、何もかもが変わりゆき、変化に合わせて動かざるを得ない現代のあり方を、的確に反映したものだと感じました。現代を見据えた力強いラストだと。

――装丁はどのように決まったんですか。

桂島 打ち合わせでアイスクリームという案が出たあと、デザイナーさんが即座に、僕が社に戻る前に2つのラフを送ってくださっていて。すでにタイトルも著者名も組んであるもので、そのうちの1つがほぼ現行のカバーです。アイスクリームではなくアイスバーを用いたラフもあって、イメージはかなり異なるけれど、甲乙つけがたいものでした。透明感のある、レモンとたぶんミントの葉を凍らせたアイスバー。どちらを選ぶかによって作品のイメージは全然違ったものになったと思いますが、今回はBLではなく女性が主人公の物語なので、より女性らしさみたいなイメージを押し出したいなと思って、アイスクリームを選んだんです。

竹田(紀伊國屋書店西武渋谷店) ぴったりですよね。アイスの甘さが暗いトーンに沈んでいるのは、この物語を体現していますし、読み終えたときのイメージと一致している、と誰もが強く感じると思います。

――刊行後の反響はいかがでしたか。当時、どの書店員さんに会っても「これを読みなさい」と言われ、ポスターや試し読みが用意されていたのは、文芸書には珍しいことでした。

桂島 原稿も装丁も素晴らしいものになって、そうなるとこれで売れなかったら僕のせいだよね、ということになるので、わりと必死でやりました。背水の陣。プルーフをつくって書店員のみなさんにお送りしたり、担当編集者としてのコメントを丁寧に書いたり、店頭に1章だけを刷った冊子を置いてもらったり。最初は本当に読んで戴けるのか不安でしたが、結果、ありがたいことに口コミで広がってくれた。本当に、作品が素晴らしいものでよかったと思います(笑)。

森(東京創元社営業担当) 編集からこういう本が出ます、と話があったときから実は営業としてはちょっと困っていて(笑)。というのも、東京創元社はジャンル小説に特化している出版社。ミステリやSFといった作品を得意とする書店員さんは存じてあげていましたが、一般小説をどう売ったらいいかは、手探り状態でした。とはいえ、やはり書店員さんの声は大事だと、初稿ゲラの段階で読んでいただけないかと、何名かの書店員さんにお配りしました。装丁はどんなものがいいか、既存の作家さんの誰に近いか、お値段のイメージは、などを作品の感想とともにうかがっていたんです。その後、プルーフを読んだ方にもアンケートをお配りしたら、ものすごい数の熱心なコメントが返ってきまして、こんなに反応がいいのはなかなかないので圧倒されました。おかげで、刊行前からコメントを使ったポスターなどの拡材を作成することができました。

 また、初稿ゲラを読んでいただいた書店さんに、『神さまのビオトープ』をきっかけで書いてもらった作品なんですとお伝えしたら、あわせて読んでくれたうえで一緒に仕掛けたいとおっしゃってくれて。合同展開にもつながりました。書店のみなさまの応援がなければこれほど広がらなかっただろうと思います。

――PVもつくっていらっしゃいますよね。

 そうですね。そこにも書店員さんのコメントを掲載して、YouTubeやTwitterで流しています。この本がどういう作品か、少しでも入り口になればいいなと。

■生きづらさを抱えた子どもたちをも救う物語。『わたしの美しい庭』刊行秘話

森潤也(『わたしの美しい庭』編集担当) 僕も最初に『神さまのビオトープ』を読んでアプローチしたのがきっかけです。あの作品のすべてを貫く生きづらさが、僕自身の支えにも救いにもなったところがあって。『ビオトープ』はややエッジの立った作品ですが、あの雰囲気をもう少し、えぐりすぎないところでとどめてもらったら、もっと広く届く可能性があるんじゃないかと思いました。人の生きづらさっていろんなレベルがあって、深すぎる絶望、みたいなところにはいかなくてもしんどい思いをしている人たちの救いにもなるものを、きっとこの人は書けるはずだと思ったので、桂島さんとは真逆のアプローチでご依頼しました(笑)。ご連絡したのは桂島さんのほうが早かったんですけど、いろんなご都合で会ったのは僕が先だったんですよね。

桂島 予定が1年埋まっているとうかがっていたので、じゃあ会えるのは1年後なんだなと思って、実際にそうしたんですけど、森さんはご連絡してすぐに会う約束をしていた。会うだけならかまわなかったのかと、勘違いにもほどがありました(笑)。

森潤也 そんなわけで桂島さんより先にお会いして(笑)、広く人を救えるような、えぐりすぎない物語を書いていただきたい、とお伝えしていました。というのも、ポプラ社は児童書の出版社として知られていますが、僕自身、生きづらさを抱えている子どもにも届くものにしたいと思っていたんですね。そうして書いていただいたのが『わたしの美しい庭』。縁切り神社という設定は、最初にマンションを舞台にしたプロットがあがってきたときに、短編を連作したものとして貫くなにかをつくりませんか、とご提案したときに出していただいたアイディアです。2話の「ロンダリング」も最初のプロットにはありませんでしたが、ご相談するなかで生まれたものですね。

――装丁はどのように決められたんですか。

森潤也 今回も、やっぱり僕自身の救いにもなる作品でしたし、同じように救いを求めている人たちに向けてどうしても売らなきゃいけない、と思いました。広く届くものにするためには、まず買ってもらわなきゃいけない。いつまでも手元に置いておきたいような、本棚に飾りたくなるような、雑貨的な本にしてほしいとデザイナーさんにお伝えしました。箔押しなどの加工も前提でしたね。それに、先に刊行された『流浪の月』が素晴らしかったからこそ、凪良ゆうという作家がいかに素晴らしいか伝える責任がポプラ社にはある、この流れを止めてはいけないと思ったので、販促にも力を入れました。デザイナーさんのどういう想いがこめられてこの装丁に至ったかは、ポプラ社のnoteに書いてあるのでぜひ読んでみてください(笑)。

藤田沙織(ポプラ社営業担当、以下藤田) 出版社の垣根も書店の垣根も越えた販促になりましたね。桂島さんはもちろん、凪良さんとおつきあいのある各社版元さんからも激推しコメントをいただけて、「凪良ゆう×池袋@本屋同盟」という池袋の4つの書店さんご協力のもとキャンペーンを打つこともできました。これが非常に好評をいただいていたんですが、東京創元社さんの草の根活動があったうえでのことなので、本当にありがたいことだと思います。今日いらっしゃる渋谷の3書店さまも、負けてたまるかとご協力いただけると。こうした横のつながりが生まれるのはひとえに凪良さんの作品の力ですし、携われて幸せです。

――プルーフも重版したとか。

藤田 そうなんです。これも珍しいことで、発売前から凪良さんへの注目度の高さを痛感しました。

森潤也 凪良さんに、プルーフ3刷ですと言っても信じていただけなかった(笑)。

■私たちはこの言葉に撃ち抜かれた! 凪良ゆうベストセンテンス発表

 イベント後半には、書店員3人も含めた全員が、凪良ゆう作品のイチオシ文章を発表。

どんな正義の矢も千本射れば殺戮に変わる
(『わたしの美しい庭』)

――『流浪の月』ともつながる言葉ですが、今の世相とすごくリンクしていて心に突き刺さり、ずっと響いています。(山本亮:大盛堂書店)

手を取り合ってはいけない人なんていないし、誰とでも助け合えばいい
(『わたしの美しい庭』)

――「生ごみをごみ箱に捨てないで」っていうのと迷ったんですが(笑)。生きづらい世の中なので、手を取り合って生きていけばいいという、この作品の優しい世界をあらわしている言葉だなと思いました。(勝間準:MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店)

理解できないならできないでしかたがない。だったら黙って通りすぎればいいんだ。なおにわざわざ声かけて、言い訳して。許されることで自分たちが安心したいんだろう。良心の呵責はおまえらの荷物だよ。人を傷つけるなら、それくらいは自分で持て
(『わたしの美しい庭』)

――『流浪の月』のほうが、ひとりの女性の視点に固定されているだけに、キラーセンテンスの威力は強烈に心に刻みこまれているんですが、『わたしの美しい庭』は視点人物を変えた連作短編集なので、それぞれが背負っているものが読者に見えないことが多いんですね。そのぶん、言葉が読者に託されているような気がして。より物語の奥を想像するという点での楽しみ方をおすすめしたいですし、このセンテンスは僕にとって好き……というよりこうありたいと思ったものなので挙げました。わかったふりをしないで相手に関わりたいし、相手を傷つけるなら自分も傷つく覚悟をしなきゃいけないと思わされたし、こうありたいという理想ですね(竹田勇生:紀伊國屋書店西武渋谷店)。

あれから五年たって、自分たちはもう二十五歳で、でもまだ二十五歳で、昼飯になにを食うかなんてどうでもいいことを悩みつつ、密かに大きな夢を見て、それを叶えようと決めている。世の中そううまくいかないことを知っていて、自分たちが笑ってしまうほどちっぽけなことも思い知らされ、でも、それでも。(中略)見上げる春の青空にはおもちゃみたいな黄色の飛行船が浮かび、濃い桃色にふくらんだ桜の蕾は来週には咲くらしい。
(『365+1』)

――青春と恋愛を描いたときの凪良作品の疾走感は、まだ一般文芸では描かれていない。BL作品を押さえている読者さんしかまだ知らない魅力なので、敢えて挙げてみました。見事でしょう? 心情描写から続く風景描写、作品を読んでいない人にも心の温度が伝わってくるような語り口。実はベストセンテンスを選ぶと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、『おやすみなさい、また明日』という作品のラスト近くにある文章、「――こうしてると、指先がとける瞬間がある」なんですが、今日は鮮やかな疾走感が伝わるものとしてこちらを挙げました。中略したところもいいので、あとで作品を読んでみて戴ければと思います。(桂島)

わたしと文との関係を表す適切な、世間が納得する名前はなにもない。逆に一緒にいてはいけない理由は山ほどある。わたしたちはおかしいのだろうか。その判定は、どうか、わたしたち以外の人がしてほしい。わたしたちは、もうそこにはいないので。
(『流浪の月』)

――この話のすべてが詰まっています。読んだ瞬間、涙腺が崩壊しました。(森:東京創元社)

もちろんご飯とアイスクリームはちがう。ご飯は力強くふくらむものだし、アイスは頼りなく蕩ける。
(『流浪の月』)

――凪良さんの文章を読んでいるといつも張り詰めたものを感じるので、キラーセンテンスの威力はすさまじいのですが、そうではない、文章の端々にもベストセンテンスは詰まっている。アイスを食べると虫歯になるよ、という子どもらしい発言をする友達に対し、主人公の少女がこう思うことによって、少し特異な感じが示される。それにそもそも、こんな表現、誰にも書けない。凪良さん自身の目のよさと、それを表現に過不足なく落とし込む力のあらわれだなあと。張り詰めた美しさだけでなく、どこかユーモアも漂う文章の魅力が詰まった一文だと思います。『流浪の月』だと「白いお豆腐みたいなマンション」という表現も好きですね。(森潤也:ポプラ社)

ここには、加賀谷の部屋を満たす穏やかで優しい粒子が欠片もない。
(『積木の恋』)

――凪良さんをきっかけに生まれてはじめてBL小説を読んだのですが、ジャンルなんて関係ない、本当に美しい作品で。恵まれない環境で生きてきた主人公が、詐欺師としてカモにしようとしている相手である裕福な医者・加賀谷の家から帰ってきたとき、あまりの落差を思い知るんです。この一文には、彼の本当に求めるものや、やがて加賀谷に惹かれていく理由とか、すべてが描かれている気がして、胸を打たれました。(藤田)

 イベントのラストには、凪良ゆうが登壇するサプライズも。ほかの登壇者たちとともに、『わたしの美しい庭』の縁切り神社にちなんで縁切りしたいものを発表。「初稿の呪い……ですね。クライマックスに近づくにつれて、この話おもしろくないんじゃないかと思ってだんだんおそろしくなるし、編集者にも申し訳なくなる。その感覚は、断ち切りたいですね(笑)」と語った。

取材・文=立花もも

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