バンクシーとは何者か?――“アート・テロリスト”が路上に描く美学

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/14

『バンクシー アート・テロリスト(光文社新書)』(毛利嘉孝/光文社)

 代表作《風船と少女》が競売で落札された瞬間、額縁に仕掛けられていたシュレッダーで裁断…。そんな前代未聞の“事件”で世界中を驚愕させたバンクシー。東京都港区・日の出埠頭で、彼の作品と思われる“ネズミの絵”が見つかり大騒動になると、グラフィティ(落書き)アートに馴染みのない日本でも一躍その名が広まった。

『バンクシー アート・テロリスト(光文社新書)』(毛利嘉孝/光文社)の著者・毛利嘉孝氏の言を借りれば、「バンクシーは、ロックを知らない人でもビートルズの名前を聞いたことがあるように、現代美術を知らない人でもその名前を聞いたことがあるという、時代のポップ・アイコンになりつつある」という。

 バンクシーとは何者か。本書は、謎に包まれた覆面ストリート・アーティストの全体像に、丁寧に誠実にアプローチした包括的ガイドブックであるとともに、現代美術の必携書である。

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 毛利嘉孝氏(東京藝術大学大学院教授)は、鈴木沓子氏とともにバンクシーに関する本を翻訳し、彼の作品や活動の社会的意義・背景などについて、さまざまな形で発信してきた社会学者である。(なお、鈴木氏は、バンクシーが対面インタビューに応じていた初期に単独インタビューを行っており、その貴重なインタビューは、毛利氏と共同で翻訳した『BANKSY’S BRISTOL:HOME SWEET HOME』(作品社)に収録されている)。

 本書では、カルチュラル・スタディーズの視点に立つ著者によって、《風船と少女》の“シュレッダー事件”や東京に出現した“ネズミの絵”の真相をはじめ、バンクシーの正体と活動の背景、それぞれの作品に込められた意味、周到に準備されたメディア戦略などが、広い文脈の中で余すところなく語られている。

「黒い大西洋の記憶が残る港町」のグラフィティ・ライターとして出発し、ストリート・アーティスト、アート・テロリストへと活動を進化させたバンクシーが、自身の才能のみを武器にして、誰と何のために、どのようにして戦ってきたのかが、ロックやヒップホップの香りを漂わせながら、分かりやすく明かされている。

 イスラエル西岸地区に描かれた“希望の象徴”として知られる《風船と少女》や、シリア移民の息子のスティーブ・ジョブズを描いた《シリア移民の息子》など、世界にインパクトを与えた数々の作品。その背景や美学、そこに込められたメッセージの一つ一つに、新鮮な驚きや爽快感、そして胸にしみるような感動があり、バンクシーと彼が描くストリート・アートに魅了されずにはいられない。

 さらに本書を読み終えた時、私たち読者はふと気付くのである。

「グラフィティやストリート・アートは、アートなのかヴァンダリズム(器物損壊)なのか。それを決めるのは誰か。ストリートは誰のものなのか。表現の自由とは何か」――そんな根源的な問いの前に自分が立っていることに。そしてその問いこそが、おそらく著者が読者に最も投げかけたかったテーマなのだろう。

文=鈴木美由起