「私のどこが好き?」への最適解を教えて! 恋愛に戸惑うすべての人を“正解”に導く『どこか奇妙な恋物語』

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/15

『どこか奇妙な恋物語』(晋藤歌六/宝島社)

 人を人たらしめるものは、いったいなんだろう? なんて、とても哲学的な質問のように聞こえるけれど、恋人や友人たちを好きだと思う根拠はなにかと聞かれて、はっきり答えられる人はどれほどいるだろうか。いつも話を聞いてくれるから。笑顔があたたかいから。努力家だから。そうした美点をあげられたとして、じゃあ話を聞いてくれなくなったら? 不機嫌な日が続いたら? 努力するのに疲れて放棄してしまったら? とたんに好きじゃなくなるのだろうか。それってけっきょく、自分に都合のいい人が好きってだけなんじゃない? …と、根源的な問いをつきつけられ、混乱させられてしまうのが、『どこか奇妙な恋物語』(晋藤歌六/宝島社)に登場する主人公のひとり・石澤くんである。

 彼女いない歴=年齢のまま二十歳を迎えた石澤は、スワン・カップルというマッチングサービスのお試しコースに申しこんでみた結果、いきなり好みド直球の彼女・エリコを紹介されて、つきあうことになる。清楚だけど胸が大きくて、ロングの黒髪がきれいで、声もかわいい。だが、じつは胸はぺったんこ。髪もウィッグ。声はスカーフで隠したマイクから話す別人のもので、彼女の一切合財は膨大な数の裏方が知恵と才能を出しあってつくりあげたものだった。その名も、「プロジェクト・エリコ」。ようするに石澤は、人はつくりあげられた理想を前にどういう反応を示すか、なにがどこまで可能なのかを検証する実験台に選ばれていたのである。…という第一話「私のどこが好き?」を筆頭に、本作ではこのアプリを提供する「スワン・コーポレーション」のサービスに翻弄される人々を描きだす。

 第三話「私と仕事とどっちが大事なの?」の主人公は、仕事一辺倒で家庭を顧みない夫に不満をもつ妻・敦子。ここでスワン・コーポレーションがくりだすのは、円満夫婦生活コンサルティング。夫のすべては調べつくされ、好みや傾向を丸裸にされる。妻は、その結果をもとに言われたとおり会話をし、食事を提供するだけでいい。その結果、夫は「俺のことをこんなにわかってくれるのはお前だけ」と、仕事や飲み会の優先順位をさげて、どんどん敦子を慈しむようになっていく。

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 第五話では好きな人の本音を見通せるアプリを、第六話では、察してほしい彼女の“なんでもいい”に対する正解を教えてくれるサービスを。まるで恋愛シミュレーションゲームのように、現実の恋愛にも攻略本を用意して、スワン・コーポレーションは幸せな“ゴール”へと導いてくれる。最高だ。だけど最初の質問に戻ろう。人を人たらしめるものは、いったいなんだろう? こうすれば完璧、という指示やアドバイスに従ってつくりだした“私”は、ほんとうに“私”なのか? 相手が愛しているのはだれ? それってほんとうに幸せにつながるの?

 本作に収録されているのは、スワン・コーポレーションが集めた膨大なサンプルの一部だ。想う相手との関係に明確な“正解”をつきつけられたとき、人はどうするか。その奇妙な恋模様を楽しみつつ、あなた自身で検証しなおしてみてほしい。

文=立花もも