天才と凡人。互いを支え合うふたりの役者の奇妙な関係の行方は――野田彩子の新作『ダブル』

マンガ

更新日:2020/3/31

『ダブル』(野田彩子/小学館クリエイティブ)

 ふたりでひとつ――。これは非常に美しく、そして、危うさを秘めた関係だと思う。お互いにお互いを支えている(と思っている)うちはまだいい。そのバランスが崩れてしまったら、崩れかけていることに気づいてしまったら。ふたりの関係はどこに帰着するのだろうか。

『潜熱』が話題を集めたマンガ家・野田彩子さんの新作『ダブル』(小学館クリエイティブ)は、まさにそんな“危ういふたり”の関係を描いた作品だ。

 本作の主人公は鴨島友仁(かもしま・ゆうじん)と宝田多家良(たからだ・たから)のふたり。彼らはともに役者をしており、絶対的な友情で結ばれている。ただし、ふたりには大きな差があった。多家良は比類なき才能の持ち主だったのだ。

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 同じ夢を掲げているものの、隣にいる相棒は自分にない才能を持っている。この事実はどんなに友仁を苦しめているのだろうか。読者は早々に友仁の心境を想像し、胸が痛くなるはずだ。

 ところが、本作を読み進めると、それが杞憂であることに気づく。友仁は誰よりも多家良の才能を信じており、彼の存在を世に知らしめるべく、支えている。荷物の整理、スケジュールの管理、セリフ合わせ、演技プランの組み立て。演じること以外はほとんどなにもできない多家良に代わって、友仁は身の回りのことをすべて請け負う。

 そのかいあって、多家良は芸能プロダクションにスカウトされることになる。そしてトントン拍子でドラマへの出演を決め、「主役より目立っていた」と評されるほどの芝居を披露するのだ。そして、役者仲間からは黒津監督の新作映画のオーディションへの参加を勧められることに。ただし、ひとりではなにもできない多家良は、そのオーディションに友仁も誘う。はたしてふたりは揃って合格し、同じ映画への出演を叶えることができるのか――。

 単行本1巻を読み終える頃、読者はひとつの事実を知る。それは、多家良と友仁が想像以上に“ひとつ”であるということだ。友仁がいないと生活が荒れてしまうだけでなく、芝居にも影響をきたしてしまう多家良。そして、活躍する多家良を見て、充足感を覚える友仁。ふたりを無理やり引き剥がそうとすれば、きっとともにダメになってしまうのだろう。その関係は少々異常とも言えるほど強固であり、やはり危うい。

 いまはなんとかバランスを保っている。けれど、もしも友仁が多家良に対して激しい嫉妬を覚えてしまったら? いや、おそらくその胸中に嫉妬の種はあって、いまはまだ見て見ぬ振りをしているだけなのかもしれない。では、いつか友仁のなかでその種が芽吹いてしまったら? ふたりの関係は一気に崩落していくような気がして、物語は始まったばかりだというのに不安で仕方ない。

 夢への階段を一歩ずつ上がっていく多家良と、存在意義を見失わないように彼を支える友仁。友情や愛情を超え、なんとも形容し難い絆で結ばれたふたりが、“ひとり”になる日は来るのか。そのとき、彼らは自分だけの足で立っていられるのか。3月14日(土)に第2巻が発売されたばかりの『ダブル』。この物語の行方からは、目が離せない。

文=五十嵐 大

【試し読み】
『潜熱』の野田彩子が描く、天才役者とその代役――「第一幕 お気に召すまま」その1『ダブル』①