使用済みパンツを売り援交も体験…毒親育ちの中卒フリーターがうつ、自殺未遂を経て「私の人生」を歩み始めるまで

恋愛・結婚

公開日:2020/3/20

『パンツははいておけ 中卒フリーターが大学進学した話』(早乙女かな子/幻冬舎)

 自分の人生を生きていない――。過保護な母親とモラハラな父親のもとで育った筆者には、そう身悶える夜がいまだにある。だが、ある女性の生い立ちを目にしてからは人生に対して、能動的なワクワク感を少し持てるようになった。

“時効ですか。そうですか。これは、私が未成年のときに、援助交際をしたときのお話。”

 冒頭のこの一文に目が釘付けになる『パンツははいておけ 中卒フリーターが大学進学した話』(早乙女かな子/幻冬舎)には自分を「分身」のように扱う母親のもとで育った女性の生きづらさと、ままならない人生を塗り替えていくヒントがストレートな言葉で綴られている。

 著者・早乙女さんは両親と兄、弟の5人家族。物心ついた頃から両親は不仲。家ではよく椅子や刃物が飛び交っていた。母親は努力の末、医師となる夢を叶えたが、結婚しないことを咎められ、勇み足でお見合い結婚。しかし、結婚相手は酒癖が悪く暴力的。子どもができたら変わるかもしれないと一縷の望みをかけ、早乙女さんらを産んだが状況は何も変わらなかった。

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 期待を裏切られた母親はいつしか、夫が高卒であることと酒癖の悪さや暴力を結びつけて非難。自身の後悔を教訓にしてほしいと考え、子どもに徹底的な教育を課したという。中でも、唯一の娘であった早乙女さんに対しては男並みに活躍することと、女の子らしくて良識のある男性から選ばれる女性になることを求め、女としての幸せの実現を託した。早乙女さんは母親を喜ばせるという暗黙の使命を遂行し、高偏差値の中高一貫校に入学する。

 だが、家庭環境の悪化からうつになり、中退。自殺未遂と精神科への入退院を繰り返し、気づいたら中卒フリーターになっていた。とりあえず大学進学を目標にするが、あがいても人生は一向に好転しない。母親への反骨心や社会への恨みを糧にしつつ、バイト先やSNSの中に自分の居場所を探すが、結局最後には不用品のように捨てられてしまう。

 そんなことの繰り返しで自暴自棄になった時、辿りついたのが“パンツを売ること”。自分のパンツがバイト1日分のお金とほぼ同額になり、絶賛される不思議。世界には自分が想像もしないフェティシズムが存在し、エリート街道からこぼれ落ちてぐちゃぐちゃになった自尊心を満たしてくれるものがあるんだ。17歳にしてその事実を知った早乙女さんは、やがて援助交際をし始める。

“高校にも行っていない。バイト先にも必要とされなくなった。そんな私も、肉体や毛の先だけでもいいから、誰かに必要とされたい。”

 その先で早乙女さんは不思議な出会いを果たしたり、女性であることを無自覚に嫌悪する自分の本音に気づかされたりする。そして、生まれて初めてできた恋人に、見て見ぬフリをしてきた自分の狡さを突き付けられ、ようやく「私の人生」を歩み始めるのだ。

 娘を自分の分身とし、2周目の人生を託す母親との付き合い方を描く本書は、ままならない世界で世間の毒を浴びながら生き続けている女性にも響く。女性の人生には結婚や子どもなどに絡んだ、他人からの無責任な願望が入り込んでくることが少なくない。誰かの人生が眩しく見え、築き上げてきた経歴が粗末に思えることもあるだろう。だが、私たちは親の分身ではなく、誰かの願望を叶えるために存在しているわけでもない。人にはそれぞれ人生のテンポがある。過度な期待をされても、「ダメな子」という烙印を押されても、自分のテンポで誰のためでもない幸せを見つけに走り出してもいいのだ。

 これまでの人生を決して美談では終わらせない、早乙女さん。彼女は終盤で母親は加害者であり、被害者であると語った上でこんな言葉も綴っている。

“ままならないこの世界に住む私たちは、誰もが加害者であり、被害者なのだ。そう思うだけで、世界を少し優しく見つめることができるようになる。”

 たとえどんな状況に置かれても心は錦で、腰にはパンツ。そう肝に銘じたくなる本書は、人生の呪いを吹き飛ばしてくれる。

文=古川諭香