『食堂かたつむり』の小川糸が描く、最新エッセイ! 料理と人との出会いを、丁寧に綴る『旅ごはん』

文芸・カルチャー

2020/3/21

『旅ごはん』(小川糸/白泉社)

 恋人に裏切られたショックで声を失った女性が、食堂を開き、日々、丁寧な料理を作る。その料理は評判を集め、やがて奇跡のような出来事が舞い降りる――。

 小川糸さんの代表作ともいえる『食堂かたつむり』(ポプラ社)は、“料理”と“人の営み”をテーマにした、とてもやさしい小説だ。同作は2011年、イタリアの文学賞であるバンカレッラ賞の「料理部門賞」にも輝いた。

 そんな小川さんは小説のみならず、エッセイの名手としても知られている。日常を独自の目線で切り取り、やはりやさしい言葉で紡ぎ出す。読み手はいつの間にか小川さんの目線に引き込まれ、同じ風景を追体験させられる。そして、ほっこりした気持ちを味わうのだ。

 このたび、小川さんの最新エッセイが発売された。その名も『旅ごはん』(白泉社)。

 本作には実にさまざまな料理が登場する。小川さんが暮らすドイツを始めとする欧州各地の名物、手作りのお弁当、日本料理。そして、その一つひとつに“人との出会い”が絡んでいるのだ。

 たとえば、北欧の小国・ラトビアを訪れたときのこと。質素だが禁欲的ではなく、一切の無駄がない料理に小川さんは魅了されたという。なかでも衝撃的だったのが「黒パン」だ。

 この黒パンはラトビア人にとって特別なもの。旅行の際、スーツケースに入れて持ち歩き、食べながら旅をするという。まさにラトビア人にとってのソウルフードだ。

「どこで食べた黒パンもそれぞれ美味しかったけれど」と小川さんは前置きしたうえで、もっとも印象に残っているのが、ヴィヤさんという人の家で食べたものだったと話す。

“ヴィヤさんは、赤ん坊をあやすような気持ちでパン生地の面倒を見ると話していた。そして、同じパンを食べた人同士が、仲良く、平和に暮らせることを祈りながら、毎日パンを焼いているという。食卓は神様の手のひらで、パンはそのご馳走なのだと、優しい声で教えてくれた”

 なんて素敵な出会いなのだろう。同じパンを食べたもの同士の絆を願うヴィヤさんもだし、なによりその出会いを心に刻み、こうして文章に残す小川さんの目線が温かく、沁み入るようだ。本作にはこのような料理と人との出会いが、いくつも収められている。一つひとつは決して派手なエピソードではない。けれど、些細な出会いの積み重ねによって、人生が彩られていく。だからこそ小川さんは、その一つひとつを大切な思い出として残しているのだろう。

 忙しい日々が続くと、つい食事をおざなりに済ませてしまうことがある。腹が膨れればなんでもいい。そんな風に雑に考えてしまいがちだ。でも、食事の一皿一皿が、ぼくらの身体を作っている。だからこそ、決して無下にしてはいけないのではないか。小川さんのように、どの食卓にも感謝をして、丁寧に向き合う。それはすなわち、自分自身を大切にする、ということにもつながるのだ。本作を読んで、そんなことを教えられた気がした。

文=五十嵐 大