「だらしない」と思っていた夫は「アルコール依存症」だった。脳の病気とどう闘う? 回復までの道のり

マンガ

公開日:2020/3/25

『だらしない夫じゃなくて依存症でした』(三森みさ:著、今成知美、島内理恵、田中紀子、松井由美、松本俊彦、村瀬華子:監修/時事通信社)

 筆者の父はアルコール依存症だ。暴力こそ振るわなかったが、罵声や怒号が飛び交う家は緊張を強いられる場だった。そんな日々が普通になると、お酒ではなく父の存在自体が憎くなり、大切だと思えないまま家を出た。
 
 でも、もしあの頃の自分が依存症に関する知識を持っていたなら、もっと違った感情を抱いていたかもしれない。『だらしない夫じゃなくて依存症でした』(三森みさ:著、松本俊彦ほか:監修/時事通信社)は、そんな想いを抱かせてくれる依存症を啓発するコミックだ。
 
「次にくるマンガ大賞2019」にもノミネートされたウェブ発の本書には、アルコール依存症の夫とその妻の苦悩と葛藤の日々や回復への道のりが描かれている。

大切な人がもし「依存症」になってしまったら…

 主人公の山下ユリは、お酒が入るとだらしなくなってしまう夫・山下ショウに悩んでいた。彼の飲酒量が増えたのは、社会人になってから。付き合いの飲み会が増え、上司を喜ばせるために早いペースでお酒を飲み、飲み会後にはひとりではしご酒。休みの日にも昼から飲酒するようになった。しかし、ふたりで喧嘩したことを機に禁酒してくれたため、ユリは特に大きな問題だとは考えず、結婚する。
 
 だが、結婚後、夫は再びお酒を飲み始め、酒の失敗を酒で癒すようになる。ユリは、薬物依存症だった幼馴染やギャンブル依存症だった先輩から依存症の体験談を聞くが、お酒は違法性がなく、借金をしているわけでもなかったため、夫は病気ではなく「だらしないだけだ」と思っていた。

 根拠のない「大丈夫」と「もしかして」という不安――徐々に変わっていく夫を目の当たりにして、ユリの心の天秤は「不安」のほうに傾いていく。やがて、暴言を吐かれ、玄関の前で眠ってしまう夫を家の中に連れて行くことが日常的になると、ユリの頭は“夫の飲酒”のことでいっぱいに。どれだけアドバイスをしても夫は変わらず、周囲にも頼れないという状況から、離婚を考え始めた。
 
 だが、勇気を出してギャンブル依存症だった先輩に相談をし、依存症は脳の病気であること、適切な接し方や力になってくれる自助グループがあることを知り、回復への一歩を踏み出すのだが――。

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 大切な人が何かに依存している姿を見ると、苦しい。相手を責め、そんな自分に嫌気がさしてしまうこともあるだろう。依存症は本人の努力や家族の愛情だけでは治すことが難しい病気だ。けれど、完治は難しくても回復ができる病気だということを忘れてはいけない。

依存症患者とともに歩む勇気をもつために

 依存症の人は一見だらしなく見えるかもしれないが、当人にしか分からない“心の穴”を抱えている。思い返すと、筆者の父も「俺の人生はなんやったんや」「俺はどうなってもいい」と口にすることが多かった。そう気づいた時、初めて思った。父親が満たしたかったはずの心の穴に、もっと目を向けられていたら…と。
 
 本当はやめたい…でもやめ方が分からず、やめる自信もないから、やめるのが怖い。そんな依存症の人の心理や自助グループへの頼り方を教えてくれる本書は、壊れそうになった人間関係を修復するきっかけにもなるだろう。サポート中に抱くもどかしさや虚しさについてもしっかりと描かれており、サポート側の“心の穴”も包み込んでくれる。

 作者である三森さんも、実は依存症経験者だそう。三森さんが依存症から抜け出すきっかけとなった恩師の言葉や一生懸命もがいた日々は、何かに依存したいとザワつく心にやさしく寄り添う。本書にはウェブでは未公開だった描き下ろしページも多く追加されており、涙なしでは読めない。

 依存症は、誰もが体験するかもしれない病気。愛情だけで救うことは難しいが、愛のある適切なサポート法が分かれば、「やめる」の先にある「やめ続ける」という回復が見えてきそうだ。

文=古川諭香