寒村で起こった奇怪な連続殺人、その正体は天狗? リアルと想像力がせめぎ合う、ハードボイルドの名作が復活

文芸・カルチャー

2020/3/29

『TENGU』(柴田哲孝/双葉社)

 1974年秋、群馬県の寒村で発生した連続殺人事件。残忍な方法で村人たちを殺害したのは人か獣か、はたまた村で語り継がれる“天狗”なのか…。柴田哲孝『TENGU』(双葉社)は、およそ人間業とは思えない連続殺人事件を扱った、国産ハードボイルドの名作だ。

『TENGU』というタイトルからオカルト的・伝奇的なテイストを想像するかもしれないが、実際読んでみるとそうした要素は希薄。『下山事件 最後の証言』などの骨太なノンフィクション作品で知られる著者だけに、不気味な事件の経緯を当時の世相を絡めつつ、シリアスかつハードに描ききっている。

 主人公・道平慶一は中央通信のベテラン記者。ある日、彼は旧知の元警察官・大貫から久しぶりに連絡を受ける。群馬県警の鑑識課員だった大貫は、「あの事件」がいまだに気にかかっていること、残りの人生で事件を洗い直そうと思っていることを慶一に告げる。

「あの事件」とは26年前、鹿又村という山村に住む一家が撲殺されたのを皮切りに、村の住人たちが相次いで殺害された連続殺人事件のことだ。県警が総力をあげて捜査にあたったにもかかわらず、結局犯人は逮捕されず、未解決のままとなっている。それは当時駆け出しの記者だった慶一にとっても、忘れがたい記憶を残した事件だった。

 物語は過去と現在、ふたつの時制が並行して語られてゆく。若き日の慶一が事件現場におもむき、地元紙の記者や警察官と関わりをもちながら、果敢に取材を続けてゆく1974年のパート。そして築きあげてきた人脈を駆使し、この未解決事件に新たな光を当てようとする2001年のパート。ふたつのストーリーの焦点にあるのは、もちろん残忍な事件を起こしたのは誰なのか、という大きな謎だ。

 現場となった村では事件前から、リンゴが食い荒らされたり、飼い犬が行方不明になったりという異変が相次いでいた。また、着物を着て烏帽子のようなものを被った“天狗”を思わせる人影も目撃されている。これらの現象は事件とどう繋がりをもつのか。集落の閉鎖的な人間関係、県警上層部の不審な動き、そして現場近くで目撃されるアメリカ人たち――。いくつものピースが繋がり、真犯人の姿がじわじわと姿を現すストーリーテリングは迫力満点。一度ページを開いたら、本を置くことができなくなるだろう。

 慶一は鹿又村で、彩恵子という目の見えない女性と知り合う。夫を失い、不自由な暮らしを余儀なくされていた彼女に、慶一はいつしか心惹かれてゆく。そして彩恵子も慶一の前では、辛い生活を忘れたような笑顔を見せるのだった。しかしこの美しいヒロインには、どうやら大きな秘密があるらしい。果たしてそれは何なのか? 彼女の存在は、一連の事件においてどんな意味をもつのか? 異常な事件の中で生まれる切ないラブストーリーも、本書のひとつの読みどころだ。

 物語の主要な舞台となっている1974年といえば、ベトナム戦争終結を翌年に控え、世界情勢が大きく動いていた時期だ。群馬の山村で起こった殺人事件にもそうした歴史の流れは、色濃く影を落としている。時代の転換点のなかで翻弄され、運命を変えられてゆく人々。その数奇なドラマは、著者・柴田哲孝のジャーナリスティックな視点のたまもの。戦後史の闇を描いた『下山事件 最後の証言』のファンならば、本書も間違いなく楽しめるはずだ。

 そして、ラスト数十ページで明かされる、あまりにも意外な真相。「怪作にして超名作」という文庫本帯のコピーに偽りなし。それほど本書の結末はショッキングなのだ。この展開に狂喜乱舞するか、それとも戸惑うか。それは読む人の感性次第。まずはジャンルにとらわれずリアルと想像力、過去と現在がせめぎ合う骨太な物語を、圧巻のラストシーンまで味わってほしい。

文=朝宮運河

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