今月のプラチナ本 2012年7月号『太陽は動かない』 吉田修一

今月のプラチナ本

更新日:2012/6/6

太陽は動かない

ハード : 発売元 : 幻冬舎
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:吉田修一 価格:1,680円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『太陽は動かない』

●あらすじ●

新油田開発の利権争いの渦中、サイゴン病院で射殺事件が起きる。AN通信の鷹野一彦は、部下の田岡亮一と共にその背後関係を探っていた。いち早く機密情報を入手し高値で売り飛ばすために。一国の命運を左右する情報戦の陰で暗躍する産業スパイたち。商売敵のデイビッド・キム、謎の美女AYAKO─果たして、この世界を制するのは誰なのか。謀略、誘惑、疑念、野心、裏切り、そして迫るタイムリミット。金、性愛、名誉、幸福……「生命の欲求」に喘ぎながらも、世界をしなやかに生きる男女を描いたノンストップ・アクション超大作!

よしだ・しゅういち●1968年、長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。97年『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。2002年『パレード』で第15回山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で第127回芥川賞、07年『悪人』で第61回毎日出版文化賞、第34回大佛次郎賞、10年『横道世之介』で第23回柴田錬三郎賞を受賞。その他の著書に『さよなら渓谷』『女たちは二度遊ぶ』『平成猿蟹合戦図』など多数。

幻冬舎 1680円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

“向こう側”に行きたい理由

スパイ小説、という言葉を聞くだけでも胸が高鳴るが、その最大の魅力は“もうひとつの世界”を覗けることだろう。われわれ一般人が触れる情報なんて、新聞・テレビのニュースやネット上の噂話がせいぜい。そこで簡潔に記述された事件や商談の背後に、どれだけの策略と欲望がうごめいているのか、実感する機会はほとんどない。でも、知らない事実を知りたい、見たこともない世界を見たい、という欲求が誰の胸にも眠っているはずで、本書の登場人物たちは、まさにそれをやってくれる。われわれ読者の知力・体力では届き得ない世界を、ビリビリくるような緊張感とともに垣間見せてくれるのだ。吉田修一がスパイ小説!? と驚く読者もいるだろうが、破天荒な展開をあくまでリアルに感じさせるエッセンス―なぜ彼らがそこまでして“向こう側”に触れようとするのか―が、きちんと描かれていることがわかったとき、やはり吉田修一の小説だ、と思わされる。

関口靖彦本誌編集長。酒を呑みながらの読書が好きで、最近読んでいるのは武田泰淳『目まいのする散歩』。文章自体が酩酊しているようで、こちらもベロベロになります

二人の今後が気になる

昨年のインタビューの際に本作の執筆のきっかけは、「大阪の幼児二人置き去り事件」と聞いていたので、いったいどんな話になるのか、ずっと楽しみにしていた。予想以上にエンタメ全開で428ページ一気読み。人物描写や群像劇のうまさについては、もともと定評のある吉田さんだが、話のスケールの大きさやスピード感、スリリングな展開、アクションシーンなどに加えて、時事的な興味にも引っ張られて、むちゃくちゃ楽しめた。舞台としてアジア各地が登場するが、それぞれに非常に生々しく描かれ、旅好きの吉田さんが肌から吸い取った現地の空気がそのまま紙面から立ち上ってくるよう。こちらも臨場感を盛り上げるのに一役買っている。吉田作品の読者であれば懐かしくなるような味付けもされており、登場人物の中にはこれまでの作品とつながる雰囲気をまとったキャラも。エンタメへの振れ具合には驚いても、読後は紛れもなく吉田作品と納得するはず。

稲子美砂上半期で総括するという初の試み。好評でしたら、ぜひ来年もトライしてみようかと。ご協力くださった書店員の皆様、書評家の皆さま、ありがとうございました

寂しさからの脱却は可能なのか?

サイゴン病院での射殺事件に始まり、湿気の多いアジア一帯の闇で繰り広げられるスパイ小説。産業スパイとあってスケールは国家対国家という世界規模。汗と暴力と権力とゴージャス美女というハードボイルドな世界観。これまで吉田修一が描いてきた地続きの日常を描く世界とは一線を画す、血の匂いむんむんの小説、まさに新境地だ。そのスピード感、高揚感や男らしさ、読んでいて興奮(?)した。描かれた作品世界が新しいとはいえ、これまでの作品に共通しているのは登場人物の抱える寂しさ、不安だ。主人公の鷹野は冷静で頭脳明晰でクール。蛇の道を渡ってきた隠れ身の戦士だ。けれども部下を守る人情、心を持ち合わせている。本作品はスパイ小説という派手な鎧を身にまといながら、主人公の何者にも属さない、自らの情報を無にする孤独な男を描いた小説なのだ。身を任せて、流されるままに読んでみたらいい。男の孤独が身にしみてくるだろうから。

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ただ生きる。理由はその後。

本当に毎回違う顔を見せる作家だ。冒頭、ベトナムの暑さと、夜の街で踊る若者たちの酩酊感に、こちらまで酔いそうになる。彼らの息遣いや鼓動まで感じながら、すっと物語世界に没入。常に瀬戸際の状況の中、情報戦を勝ち残るため、生き延びるため、一瞬の選択をし続ける登場人物たちの姿を追ううち、気づいたらページを閉じていた。まさに一気読み。吉田修一が“スパイ大作戦”を書くとこうなるのか! 著者のこれまでの作品には、しばしば社会の中で所在無さを感じる若者が登場してきた。読み手のこちらも、うまく生きられない彼らがまとい続ける空気感に、しんとした寂しさを覚えた。だが、本書の登場人物たちは、自らが抱えた闇や自己の存在についての葛藤に悩み続ける様子を見せない。ただただ生きる。生きるために突き進む。答えの出ない問いはそのまま抱えて走るのだ。その生き方はしんどいだろうが、一瞬に生きる彼らの姿は、潔く、かっこよかった。

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やっぱりスパイってカッコイイ!

情報は金よりも重い。相手より一秒でも早く掴みとらなければ、すべての努力は水の泡と化してしまう。ただ、命を賭してまで戦い抜く鷹野たちを見ていると、単に金のために動いているわけではないと感じる。組織や国のためというわけでもないだろう。きっと金よりも大切なものを知っているのだ。各国を飛び回り情報を奪い合う魅力的なスパイたちの戦い。一気に愉しんだ後は、それぞれの国がはらむ問題を通してアジア諸国の未来への見方も変わってくる。続編に期待。

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生きることのドラマ

吉田修一が長編スパイ小説?と最初は意外だったが、読み始めると止まらない、息をもつかせぬ展開に大満足。表向きは冷徹だが実は情の深い鷹野とその部下の田岡の関係性、ライバルのデイビッド・キム、謎の美女AYAKOなど個性あふれる登場人物たちも魅力的。しなやかな頭脳と体を駆使した迫力ある攻防戦は、スリリングで爽快だ。この物語は、見えない敵と戦いながら自分の道を切り開く、生きることのドラマだと思った。ぜひシリーズ化していただきたい!

重信裕加これまで記録用にテープレコーダーを使っていたが、さすがに時代の波に勝てずICレコーダーを購入。カバンも軽くなりました!

スリリングな戦いが楽しめる!

戦国時代の戦でも会社の派閥争いでも、いつの世も勝利を手にするのは情報戦を制した者だ。歴史を振り返れば情報がいかに重要な財産となるか明らかだけれど、取り扱いは難しい。保持も難しければ、食べごろを計るのも困難だ。そんな困難なものを武器に戦う鷹野たちの奮闘は、スリリングで非日常のエンターテインメントとしてワクワクした。人並み以上に面倒が嫌いな私などは、運用のための情報収集どころか情報保持が面倒で株さえ億劫。少しは鷹野を見習うべき?

鎌野静華癒しを求め休暇をとり南の島へ。のはずが予想外に仕事の電話がじゃんじゃん。電話代2万5000円……。近々リベンジしたい

情に厚い、熱きスパイたちが動く

部下の田岡を助けるために奔走する鷹野。鷹野を救うために知恵を絞る田岡。スパイといえども血肉の通った、情に厚く熱い生様が印象的だった。スパイ小説だけど、ミッションそのものの過程だけでなく、人間ドラマも楽しめる。でも、心情の内部描写が切々とあるわけではない。彼らは、動く。その動きから生き方の温度が伝わってくる。裏の世界の人間としての矜持を持つ、いや持たざるをえない、タイムリミットを背負わされた彼らのアクションに目が離せなかった。

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安心して大風呂敷に包まれる

400ページ超があっと言う間だった。エネルギー利権を巡る国境を股にかけた駆け引きに、スパイ・アクションを織り交ぜた、まさに男のハードボイルド・エンターテインメント小説。暗躍するスパイ、政治家、CIA、町工場の技術屋、アイドル、そして“謎の美女“―バラエティに富んだ登場人物たちはいずれも自分の欲求に正直で、時に腹黒く、生命力に満ち満ちている。読んでいて「俺だってやるぞ!」と腹の底からぐらぐらと力が湧いてくる。吉田修一の新境地!

川戸崇央今年も我が阪神タイガースの調子はイマイチ……と毎年思っているんだからこれが実力なのだ!そのことにやっと気づきました

“スパイ”好きにはたまらない一冊

『スパイ大作戦』のテープ消滅シーンに悶え、ショーン・コネリーに恋をして『007』をコンプリート、『エロイカより愛をこめて』に夢中になり……と、昔から“スパイもの”ラブな私。今作の主人公は和製“産業スパイ”。されどCIAの影が見え隠れするわ、世界を股に駆けての騙し合いだわ、そしてやっぱり男前スパイには闇の過去が付きものなのね!?と、終始ブレない王道さに興奮。想像力掻き立てられる展開の連続、主人公の過去、組織の謎。スパイ好きなら必読!

村井有紀子5年ぶりにようやく重い腰をあげてお引越し。転居先には立派なシステムキッチンが……。料理しろと言うことでしょうか……

高揚感にひたりたいときに

日常を忘れたいときには本書がぴったりだ。普段味わえないスリルと高揚感がこの中には詰まっている。アジア各地を飛び回り情報を集め、事件の裏で戦いながら暗躍する主人公、それを助ける若いバディ、ライバルは絶世の美女と韓流スター並のイケメン。ああ、一度身を投じてみたい(すぐ死んじゃいそうだけど)! 映像が目に浮かぶ描写も魅力的。駆ける肉体、飛び散る血、ダイナミックな建造物の情景が明確な筆致で喚起される。ワクワクせずにはいられない!

亀田早希最近本の再読にハマっています。文庫ダ・ヴィンチで扱った〈十二国記〉シリーズもそのひとつ。印象や理解度が違って楽しい!

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ

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