「競技ダンス」という“麻薬”。『最後の秘境 東京藝大』著者が描く華やかな大学競技ダンス部の舞台裏!

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/28

『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』(二宮敦人/新潮社)

 夢中になるということは恐ろしい。その状態は、「夢の中」にいると書くのだ。夢の外から、世間や常識に呼ばれていても気づかない。寝ても覚めても、周囲には見えない幻影をひたすら追いかけ続けてしまう。だからこそ、累計発行部数22万部超えの『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』(二宮敦人/新潮社)で、奇人変人が集う驚異の異界(失礼!)を冷静に誠実に取材した著者が、学生時代、そんなにも熱い経験をしていたということには、少し驚かされてしまう。

 これまで黙っていたが、僕は踊れる小説家である。

 そんな一文から始まる『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』(二宮敦人/新潮社)が扱っているのは、「競技ダンス」の中でも、とくに学生競技ダンスである。競技ダンスとは、社交ダンスから発展した、社交目的ではなく、周囲のペアと技を競うことを目的としたダンスのこと。この物語は、作者の分身である大船一太郎という大学生が経験した競技ダンス部での4年間を、大人になった小説家の彼自身が、当時の仲間たちを訪ねながら振り返るという構成で進んでゆく。

 桜が満開のキャンパスで、新たな生活へと踏み出した大学生・大船一太郎の心は浮き立っていた。中高一貫の男子校をともに卒業した友人もそれは同じだ。部活やサークルに入るなら男女比率が同じくらいのところがいい、などと話しつつ勧誘の声をかけられていたところ、彼らはちょっと不思議な誘いを受けた。

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「これからダンパがあるんですけど、来ませんか」。

 ダンパ? コンパ(飲み会)じゃなくて? 手渡されたチラシを見ると、たしかに「新入生歓迎社交ダンスパーティー」とある。運動が苦手な一太郎に、ダンスの経験などあるはずがなかった。けれど、女性の先輩に「教えてあげる」と腕をつかまれてしまえば抵抗はできない。立ち寄ったダンスパーティーで、一太郎は先輩に教わりながら、1、2、3の簡単な動きが繰り返されるワルツのステップを踏むことになる。

 一人では足がついていかなかっただろう。しかし、先輩と一緒だと間に合う。むしろ余裕があるくらいだ。力は二倍になり、体重は半分になっている感じ。音楽に合わせて体を動かしているのではなく、音楽が自分の体を乗せて流れていくような──(中略)ダンスは面白い。三歩でそう思えたのだった。

 すぐにダンスの虜になった一太郎だが、なにしろ彼が入った競技ダンス部は、華やかに見えても体育会の部活。楽しいばかりのものではなかった。踊っているあいだは常に「視線を釘付けにして離さない」笑顔を求められ、合宿では4000回のスクワットをしているのと同じ基礎練習を泣いたり吐いたりするまで行う。部内での選抜をくぐり抜け、試合に出てジャッジされ、先輩を尊敬するが反発し、後輩を可愛がる一方で手を焼きながら、彼らは踊る。自分のために、パートナーのために、そして部の勝利のために。

 夢中になるということは恐ろしい。だが、夢中になれる対象と、それをわかちあう仲間に出会えたことは、きっと尊い。

 僕たちはみな同じだった。ダンスという、中毒になるほど楽しいものに出会い、部活で束の間、人生を共有した。鮮烈で、全力で、剥き出しで、翻弄され、傷ついた。ああ、本当に楽しくて、苦しかった。
 麻薬というたとえはぴったりだと思う。
 もう少し綺麗な言葉を探すなら、

 彼がたどりついた言葉は、ぜひ本書を読んでたしかめてほしい。

文=三田ゆき