キャラメル、ビール…有名企業の無理難題に小説家はこう答える! 朝井リョウの“お仕事小説”

文芸・カルチャー

公開日:2020/3/31

『発注いただきました!』(朝井リョウ/集英社)

『発注いただきました!』(朝井リョウ/集英社)の告知をSNSで見かけたとき、なんて粋な企画だろうと思った。本書は、著者が過去にキャンペーンなどで依頼を受けて書いた小説をまとめた短編集。だが、単なる「寄せ集め本」ではない。
 
 本書は、(1)有名企業からの依頼内容→(2)小説本編→(3)著者による振り返り、という3段構成になっている。小説家・朝井リョウがどんな思いを込め、何を工夫して書いたのか。その思考プロセスを楽しむことができるのだ。「感想戦」と称した振り返りでは、エッセイやインタビューで時折見せる自虐的な姿そのままに、自身の小説の内容を反省していたりするからおもしろい。
 
 本書に収められた1編目は、発表当時にも話題になった「森永製菓」からの依頼。「森永ミルクキャラメル」のイメージを元に、読後「いいよね、キャラメル」と思える心温まるストーリー、というのが依頼の内容だ。キャラメルの箱に印刷されるため、文字数は247文字×3話分ととても短い。1粒のキャラメルを食べる一息の時間に注目した、受験生ふたりの甘く切ない物語が展開される。

「そんなのありかよ!」と思わずツッコミたくなるのは、6編目の「いよはもう、28なのに」。依頼元は、「アサヒビール」だ。物語は、部長を気持ちよく飲ませるための飲み会で、主人公が必死にお酒を作るシーンから始まる。なんとも「らしい」小説なのだが、その結末はあまりにも予想外。「ビールを買うと読める」キャンペーンだからこその“オチ”にぜひ注目してほしい。

 朝井リョウのファンとしては、早稲田文学「若手作家ベスト11」特集に寄稿した「引金」にも言及したい。メディアではよく「最近の若者は欲がない」「結婚願望がない」と言われるが、その根本にはいったいどんな感覚があるのか。昨年発売された『死にがいを求めて生きているの』に通ずる、平成の若者心理を暴く短編だ。筆者の奥底にも同様の感覚があり、もやもやと考えていたことについてひとつ霧が晴れた思いがした。

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 本書には、大げさでなく、朝井リョウの作家性の“すべて”が詰まっていると思う。エンタメで楽しませる朝井リョウ、私たちの価値観を揺さぶる朝井リョウ、エッセイでふざけ倒す朝井リョウ。長年の読者も存分に楽しめる1冊であると同時に、「自分はどんな朝井リョウが好きか?」を占い、次なる読書につなげる橋渡しのような1冊でもある。本書のページを開き、「感想戦」のノリが気に入った方は、迷わず『時をかけるゆとり』をどうぞ。

文=中川凌